nomiの思考

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1分間小説「恋ごころ」
2004年06月04日(金)

夏はのんびりしていて、決して人の上に立
つタイプではないが、責任感が強くて思い
やりのある子。自分のことはいつだって後
回しにしてきたし、それでもいいと思ってい
た。そんな夏が、珍しく意思表示をしたその
訳は、「恋ごころ」が芽生えたから。

           ◇

「夏へ。冷凍室から鶏肉を出して冷蔵室に
入れて下さい。どうぞよろしく」

外出中の母親から、携帯電話にメールが
入った。夏は、近所の公園にいた。自宅ま
では徒歩5分。すぐに帰れるはずだ。だが、
どうしても公園を離れたくない。今この瞬間
ここを離れたら、見つかるものも、見つから
なくなってしまいそうだから。

夏は母親に、自分も外にいて、すぐには帰
れない旨を伝えると、再び、公園のなかを
歩き回った。

古井戸を発見して、怖くて中を覗けなかっ
たこと。展望台から眺めた雑木林から、懐
かしい匂いがしたこと。ベンチのうえで膝を
抱え木漏れ日を見上げる少女の、どこかも
の悲しげな美しさ。岩に腰掛けトランベット
を奏でる男性と、その上に広がる青い空。
夏の体を優しく包む心地良い風―。

その全てを、あの人に伝えたい。

           ◇
 
夏はようやくその答えを見つけると、急い
で家に戻って冷凍室から鶏肉を出した。




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