| 2013年06月27日(木) |
「言葉」を裁判官に決めてもらおうとする誤り |
日経(H25.6.27)社会面で、NHKの放送番組で外国語が濫用され、内容を理解できずに精神的苦痛を受けたとして、「日本語を大切にする会」の世話人の男性が、NHKに141万円の慰謝料を求める訴えを名古屋地裁に起こしたという記事が載っていた。
国民には裁判を受ける権利があるから、外国語の濫用を戒める裁判をしたこと自体を批判することは出来ないかもしれない。
しかし、このような訴訟を大きく報道するマスコミの姿勢には疑問がある。
言葉は、文化と相互作用の関係にあり、言語や文化は人間の社会集団の中で形成されていくものである。
しかるに、外国語が濫用されているとして損害賠償を求める裁判をするということは、ある言葉が適切かどうかの判断を裁判官に委ねるということを意味する。
それは、裁判の役割を誤って理解しているだけでなく、「言葉」を裁判官に決めてもらおうという考え方において決定的な誤りがある。
このような訴訟を大きく報道するマスコミは、言語や文化についていかなる見識を持っているのだろうかと疑問に思う。
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