長い長い螺旋階段を何時までも何処までも上り続ける
一瞬の眩暈が光を拡散させて、現実を拡散させて、其れから?

私は、ただ綴るだけ。
音符の無い五線譜は、之から奏でられるかも知れない旋律か、薄れた記憶の律動か。








2004年02月27日(金)

 髪切った。(無意味に威張る。
 20cmも切ったのよ、もう「本当に切ったの?」とは言わせない。……嗚呼さようなら、私の長い黒髪さん。

 気が変わらないうちに、と思っただけなのだけれどね。きっと後二、三日も経てば切る気にはならなかっただろうから。
 長く伸ばしていた髪を突然、訳も無く切るのは自傷行為に似ていると何かで読んだ気がする。確かに、そうかも知れないとも思う。余り自覚無いけれど、何と無く。私は切った髪を後生大事に取っておくつもりなんて無いけれど、聞けば切った髪を保管しておく人も多いとか。中には定期的にトリートメントかけるとか。切った髪に、である。
 ――正直、解らなくも無い。単に私は面倒屋なのでそういったことには向かないだけかも知れない。もっとまめで、或いは執着する正確だったら、遣っているかも知れない。

 執着は私の最も嫌うところでもある。私が一番嫌いな質問は「○○の中で一番好きなもの、印象に残っているものは?」とかいうもの。よくある my favorit.... というものだが。記憶には残るが其の中で順位を付けるなど私にとっては無意味な行為でしかない。特に印象に残っているもの、などと言われても印象の残り方が違う。感動云々の問題ではない。意図して「忘れたくない」という分類にしない限り、記憶は無意識無差別に全てを受容していくだけである。少なくとも私の記憶意識はそうなっている。
 識閾下での処理能力なんて調べようが無いけれど。

 呼吸をするのが息苦しくなった時、水の中に還りたくなる。夢の中に逃げ場が無いのであれば、いっそ呼吸などしなくて良い世界に。
 ――莫迦莫迦しいけれど。










 <<  道標  >>


一言メッセージフォーム。長文は此方をどうぞ。




片翼 [MAIL] [CLAP!]

My追加