長い長い螺旋階段を何時までも何処までも上り続ける
一瞬の眩暈が光を拡散させて、現実を拡散させて、其れから?

私は、ただ綴るだけ。
音符の無い五線譜は、之から奏でられるかも知れない旋律か、薄れた記憶の律動か。








2004年04月12日(月) 月曜日

 ……ヤヴァイかも知れない。五月病とか言える時期になる前に潰れるかも。成程、月から金まで全て五講を埋めるのは確かに辛いかも知れない。

 中途半端な空き時間が昨年度より少しばかり多くなったので部室へ行く回数が少しだけ増えた。図書館へ行く回数は其の分減ったかも知れないけれど、之からまた増えるのかも知れない。授業がまだ一週目の所為か、勉学よりも部活動に注ぎ込む時間が今は多い。どうせ之から時間が取れなくなるわけだし、之で良いのかも知れない。執筆なんて特に。
 ――今は何より部室の内装を変えたいのだけれど。

 不眠が酷い時は殆ど夢を見ない。眠ったと思った次の瞬間気が付いたときには朝で、眼を醒まさなければならない時間。実際の睡眠時間は数時間あったとしても、記憶の中では数十分しかない。だから、眠った気にはなれずに疲れも取れずに再び一日が始まるだけ。
 あらゆる事柄に無関心で居られるのは一つの才能だと思う。無視するのは簡単、或いは其れは無関心と言い変える事が出来るのかも知れない。演習というのは講義と違って酷く疲労する。無関心ではいられないから。講義だったら唯一点授業に集中さえすれば其れ以外の事柄になんか無関心で居られるのに。演習は、或いはゼミは、全てに気を払わなければならい。其の分は、矢張り疲れる。
 気晴らしというものが持てない私は――独りで静かにしている時間、其れが瞑想のようなものを差すのか別の事であるのかは兎も角、独りでまったりとしている時間が一番の気晴らしなのかもしれない。睡眠中は、一番ストレスが解消される時間であろうと思う。

 何かに集中するのは案外容易いと思う。恐ろしいのは何処まで集中して良いものか、何処まで周囲に気を配るか、其の境が崩れた時かも知れない。










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