LORANの日記
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2004年11月14日(日) 児童書2

高校1年生のとき、何気なく童話を書きました。
担任の先生が文芸部の顧問だったので、見てもらったところ気に入ったらしく、国語の読み物として授業で使ってくれました。
その後、背伸びして大人風の小説を書こうとしてからリズムが狂いました。

だれの心にもすばらしい想像力があると思います。
その想像力が人格を構築し、人生を創造します。

現実と夢は違うと教えられます。
現実はお金を稼いで家庭を持って便利で快適な生活を送ることが幸せと教えます。

現実とは夢を捨てることであり、趣味の範囲で続ければいいと言われます。
夢を現実にする才能も能力ないのだと教えられます。

趣味で野球やサッカーをしている人は何百万人もいるが、プロで生活できる人は数百人に過ぎないと。 1万人に1人の才能を持っているのかと。

現実を極めて小さな世界に限定した理屈でした。
支配者が権力を維持するために仕組んだ構造を信じてしまっただけです。

「まじめに生きなさい。そうすればいつか報いられて幸せになれる。(仏教)
 この世で幸せになれなければ天国で幸せになれる。(キリスト教・イスラム教)
 この世でもあの世でも幸せになれなければ、次の転生で上位のカースト(身分
 制度)へ生まれ変わって来る事ができる。(ヒンズー教)」

すべての宗教や法律で殺人は禁止事項です。
殺人をすれば報復として殺されます。目には目を、死には死を。(イスラム法)
人を殺したる者は死刑または無期懲役に処す。(日本・刑法)

ところが権力者は次々と平和条約を結んでは破り、戦争を続けてきました。
20世紀は過去の世紀の2倍の1億人以上の戦死者数に達しました。
つまり、権力者にとっては、国民に守らせることと自分が守ることは違うのです。
それなのに、ただ唯々諾々と権力者の言いなりになることに慣れてしまったのです。


本当の世界は無限大であり、すべてが想像力に満ちた世界でした。

そこには限りない夢が溢れていました。

明日の心配も、衣食住の心配もありませんでした。

なぜなら夢に見たことが現実になることを信じていたからです。

夢こそが現実であり、私たちの信じている現実は「恐怖の世界」だったのでした。

いま、「お金とモノの時代」の300年がすぎて、振り子は行過ぎてしまいました。
行き過ぎた振り子は戻るしかありません。

振り子が戻る瞬間がやってきたのです。

また、夢の中で生きる時代が到来します。

なんとすばらしい時代に生まれ合わせたのでしょう。


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