LORANの日記
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2007年02月08日(木) |
本当はなにも無いの?? |
今日、参加者の方から質問されました。
「本当はなにも無いのですか?」
「そうかも知れません。
なにも無いのかも。
『この世は夢か、幻か♪』
という歌詞の歌がありました。」
「では、本当はなにも無いのですか?」
「無いと思えば無いし、あると思えばあるのでしょうね。」
こんな会話をしていました。
まるで禅問答のようですが、とてもたいせつな質問です。
私たちは、明らかでなければ安心できないようです。
正義か悪か、いい人か悪い人か、黒白をはっきりさせなければ、
安心できないようです。
しかし、100%善人はいないし、100%悪人もいません。
敵から見たら悪逆非道でも、味方から見れば正義のヒーローです。
いい人という言葉も、自分の都合によって変わります。
つまり、自分に都合のいい人という意味になります。
自分のエゴによって決まるのですから、真実と言ってもあやふやです。
その上、真実とは更に不可解になります。
自分のことさえよく分からないのに、すべてを理解しようと思っています。
高次元の存在は「神」の世界ですから、理解することは不可能です。
それで「本当はなにも無いのですか?」という質問になります。
では、その質問は愚問なのでしょうか?
いいえ、愚問ではありません。
その証拠に、多くの人にはその質問さえ起きないのですから。
それは「賢者の質問」です。
答えの「無いと思えば無いし、あると思えばあるのでしょうね。」とは、
すべての答えは、自分の中にあるということです。
私は、「真実とは自分が存在すること。」と言っています。
ですから、自分があると思えばあるのですし、無いと思えば無いのです。
それで、自分が「創造神」であることが分かります。
自分がどちらも創造できるのですから。
ここでたいせつなことは、「自分が、本当はどうしたいのか?」が、
分かっているかどうかです。
他人との比較や欲望だけでは、本当の自分のしたいことではありません。
本当の自分を知ることが、どうしても必要になります。
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