猫の足跡
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天気は快晴。スペインの天気予報の精度は、日本とは比べものにならないほど低いことがわかった。日本も最近ひどいと思っていたけれど、ここまでじゃない。だって、雨の予報が、快晴だもん。
朝ご飯を食べて、会社その他にメールを打ってから、外出の予定を立てる。今日は、とりあえず靴の中敷(歩きすぎで、スニーカーの中が破れてしまった)を買って、そのあと市内観光と決めた。 ちなみに、朝食メニューは、パン、チーズ、ハム数種類、スクランブルエッグ、ソーセージ、フルーツ、ヨーグルトなどのバイキング。さすがバレンシア、オレンジジュースが絞りたてという味で甘味と酸味が自然で非常においしい。ご飯はなかなか良かったが、誰もいないのはなぜだろう?出発時間が間近の様子で、日本人ツアコンのお姉さんがロビーでばたばた動いているだけ。そして10人程度の日本人団体は声をかけるまもなくあっという間に出て行ってしまった。なんでも、ホテルフロントのお兄ちゃんによれば、日本人の団体は、バレンシアに夕方到着し、ほんのちょっと観光するだけで、あとは泊まって朝早く出る、いわゆる移動中継宿泊なのだそうだ、「貴女みたいに4泊もする日本人はめったにいないよ、ビジネス以外の目的で個人で来る人も少ないしね」。もったいないねぇ。→もうすでにバレンシアにどっぷり惚れ込んでいる。
ところで、昨日のセーフティボックス事件は兄ちゃんに頼んでめでたく解決。やはり、デポジット+使用料を払って空くティベータ-を借りなければならないのだそうだ。「フロントのお姉さんにちゃんと言ったのに!私、すごく怒ってるわ」と言ったら、ごめんね、と素直に謝る彼、なかなかいい人のようだ。
今日は、貴重品も安泰、安心してバスに乗りこみ市内に入ったが、10時なのにどの店も開かない。う〜ん、これがスペイン気質か?仕方ない、ここなら朝からやってるだろう!と市場に出かけてみるもののこちらも休み。市場は飾りタイルで覆われたモダニスモ?建築で、とても印象的な建物だったが入れないのでは意味がない。 なんでみんな休みなの?と思いながら周辺をぐるぐると歩いていると、教会近くの広場で祭壇を作っている。正装して、楽器を持ったおじさんが二人話していたので、「お祭りがあるんですか?何時からですか?」と聞くと、11時からだと親切に教えてくれた。つまり、今日は休日だったわけだ、道理でね…。 さて、こちらの休日。お店などみんなちゃんと休んでしまい、何もすることが出来ないのは学習したとおり。今日の行動予定が立たなくなってしまったので、天気とお祭りの様子次第では海にでも行くか。と考えた。
祭壇造りがおもしろいので、しばらく見ていたら、火祭り(※バレンシアの有名なお祭り)の写真でみるような金糸銀糸で飾られた絢爛豪華な民族衣装のドレスに身を包んだ少女二人が母親につれられてやってきた。うわ、可愛いっ!うれしいっ。そのまま、お祭りの開始まで女の子を見ながら待っていることもできたが、近くのベンチに酔っ払いのホームレスが数人群れていたので、時間まで散策することにする。 と、散策先のカテドラルでも、こんどはもっと大きな祭壇。こちらにも正装した人々がたくさん来ているし、そっと覗いた内部では、ミサが行われている。おおお、これは期待できるか?と思って、時間潰し+状況観察のために塔に上ってみた。しばらくぼーっとしていると、そこいら中から爆竹の音、楽団の奏でる音楽が聞こえ、下を覗くと四方八方からお祭り行列が、のぼりを先頭に、民族衣装の美少女(+その他)集団がやってくる。これは、すごいことになりそうだ、と気持ちの良い塔に心を残しながらあわてて降りて、集団が目指す市役所前広場に向かう。
先頭はのぼり、次にチャルメラみたいな笛。そのあとが、ドレスの少女集団、奥様→未亡人ルックのおばさん集団+首から教会のメダルを下げた正装の男性、楽団というのが1行列の基本的な構成らしい。少女の集団にハリーポッターのような格好をした少年や、農民の娘みたいな格好をした女の子が混ざることも多く、バリエーションとしては、飾った馬、花のおみこしなどがある。少年は、小さい子供はうれしそうだが、ちょっと年があがると、やる気なしで、ふてくされながら歩いているのがまた可愛い。
火祭りはみられなかったけれど、これで十分だなあ、うれしいなあ。と思いつつも、つい3月末にやったばっかりで、すぐ4月末もお祭りか…と、ちょっとあきれてしまう。火祭りのお姫様として娘をパレードに出すのに、1000万円〜2000万円寄付しているという話をどっかで読んだのだけれど、それは本当かしら?んで、すぐあとに、これか…と。まあ、行列見ていると、お金があれば娘につぎ込んじゃう気持ちはわからなくないけれど。
で、思ったのは、バレンシア=名古屋説。『マドリードが東京だとすれば、バルセロナは大阪』とは言葉への執着、強烈なライバル意識などに寄せて良く言われるところだけれど、そうするとバレンシアは名古屋でしょう。国内第3の都市ながら、存在感が薄いところ、みな働き者なのに、稼いだお金をみんな娘につぎこんじゃうところや大いなる農業国であるところなど。
それにしても、つくづく残念なのは、お金持ちの家の少女がみんなオーバーウエィトであること。どう考えても、その後ろにくっついてる農民の娘のようなドレスを着ている娘のほうが、可愛いんだよね〜。うーん、あの娘たちに、あのドレス着せたい。まあ、親の金で差が付くなど、世の中の不公平もちゃんと許容されるのは、やっぱり大人の国なんだろうなと思う。日本だったら、「みんなで同じ服を着ましょう」になるはずだから。今年の成人式のニュースで、どっかの村で「晴れ着を買えない家が可哀想だから、晴れ着禁止」という掟を破った女の子がいて話題になっていましたが、そんな幼稚なことはやらないんだな、とうなずけた。子供のころから、ちゃんと、世の中は、誰にでもチャンスはあるけれど、不平等なことも多いんだ、と教えることって重要だと思うんだけどね。
話は脇道によれたが、この祭り、どうも聖人ビセンテのお祭りらしい。ビセンテは、たしかバレンシアの守護聖人。だからバレンシアにはビセンテ君という男の子が多いのだと聞いたことがある。そういえば、バレンシアCFの地元出身「ビセンテ」選手。ビセンテ・ロドリゲスって名前なのに、コールは「ビセンテ」だもんね。地元の誇りなんだろうな。
さて、行列が一通り行進し終わったら午後2時。ご飯でもと思って入ったバルは、珍しいことに飲み物だけだった。仕方ないから、アグア・バレンシアというバレンシア地方オリジナルカクテルをピッチャーで頼んで、ポテトチップスをつまみにしていたら、日焼けして良い気分になってしまった。なぜか、このバル、80年代のヒットチャートばっかりかかる。うれしいけど変。 バルには、行列に参加したらしい晴れ着集団も来たりして、見ていると非常におもしろい。で、ひまだから今日の日記(これ)を打っていると、学生アルバイトらしきお店のおねえさんが、「それ、パソコン?すごく小さいよね!マウスが鉛筆になってるの?」と興味津々。「ユーロでいくらくらい?大きいパソコンより高いの?スペインのパソコンはもっと大きいのよ。」などと聞いてくる。スペイン語の会話なので難しいけれど、大体わかったので、説明していじらせてあげたらうれしそうだった。日本語変換を非常に面白がって「どの漢字が正しいかはどうして分かるの?」と聞くので、「子供の頃勉強するんだよ」と言ったら、「頭いいのねぇ」だって(笑)。
午後4時からは、酔い覚まし&日焼けの仕上げをするために海に向かった。地下鉄を乗り換えて行くということに地図上はなっているが、なぜか海行きの地下鉄は地上を走るトラム(市電)だった。周りは家族連れやカップル、グループが海支度で沢山。
バレンシアは本当に良い街だ。小さくて美しい街並、川、原っぱ、オレンジ畑…そしてすぐに海。どれもみんなカラリと明るくて、それでいて品よくおっとりしている。バレンシアのことを地元では「明るい」または「晴れ渡った」という意味で「ラ・クラーラ」(La Clara)と言っているとガイドブックに書いてあったが、まさにその通りという印象。
みんなが降りるところが正解だろうとアタリをつけていたのだけれど、その必要すらなかった。トラムから海が見える。晴れわたった地中海が!!! 水着にもなるからとデニムのヒモ結び式下着を着ておいてよかった!砂浜には脱衣場なんてお上品な代物はない…というよりも、みんな近くの人たちだから下に着てくることになっているらしい。確かに合理的。海は、きれいな、本当のマリンブルー。空も海もどこまでも青い。昔、子供のころ、空と海は、ずーっと水平線の先でつながっているんだと信じていたことを思い出した。
日差しはじりじりと強いけれど、風はさわやかで涼しく、油断すると肌寒い。現地の人に習って、すこし焼いて、周りの楽しそうなはしゃぎぶりを眺めた。バレーボールに興じるグループあり、愛を語り合うカップルあり、服を着たままの友達を海に投げ込む若者あり…むちゃくちゃ楽しそうなのに、こちらは独りぼっちなのがさびしいなあ。せめて、だれかナンパしてくれよ…とまで思ってしまった。
海に入ってみたら、非常に冷たくて、なんでこんなところでみんな大丈夫なのかと、あっという間に出ることにした。着替えて、街中に戻ろうと思ったところで、手製のガイドブックを昼間、塔の上に忘れたことに気が付き、一応、もしかしたら、と市内に戻り、教会に行ってみた。6時過ぎでもまだ行事をやっていて、塔も営業していたので、入り口のお姉さんに「上に、ガイドブックを置き忘れた。戻ってもいいか?」と聞くと、許してくれたので、急いで階段を上る。が、本日2度目の登り、しかも一日歩きっぱなしは体に良くない…。上に到着したときには息切れしてバテバテになった。しかも、肝心の手作りガイドは影も形もない。まあ、しょうがないなあ。ゴミに見えるだろうから…。
あきらめつつも最後の望みをかけて、鐘楼のおじいさんのところに戻ると、そこはすごい音と光景だった。8角の塔のそれぞれの面に設置してある鐘を、一人の男性がそれぞれの鐘に結んである縄を見事にさばいて、鳴らしていたのであった。すごい技だ。からくり人形の使い手もまっさおの縄捌きだった。登ってきた客はみんな、近くに座ってそれを眺めている。鐘の音がクライマックスを迎えたところで、今度は少年が登場した。彼の息子なんだろうか?こちらは、1つの鐘だけを、体全体を使って鳴らしてくれた。音の間隔を調整したり、鐘をまわして、1度に2つずつ鳴らしたりと、誇らしげに腕前を披露してくれた。鐘の音が静まると、周りから自然に拍手が沸いた。頬を紅潮させた少年は、汗を拭きながら、うれしそうに、それでも必死でクールを装って父親らしき男性の脇で縄をしまう作業に入った。
やっと、場内が落ち着いたので、先のおじいさんに、「ここに、私のガイドはありませんか?これ(もう一つの手作りガイド)と同じのです。今日の午後、忘れてしまったんだけど」と聞いたら、すぐに「おうおう、あるとも!ちょっと待っててくれよ…これだろう!」と大切そうにしまってある荷物から出してくれた。ここの人たちって、みんな親切だ。日本語で、それも切り取ったガイドブックやワープロ打ちの上質紙などを束ねただけの、いわばメモのかたまりのような代物を捨てないでいてくれたのだから。誰かが、塔の最上階から鐘守のおじいさんのところまで持ってきてくれて、それを、おじいさんが取って置いてくれるって、結構すごいことだと思う。
うれしくなって、目をうるうるさせながら、おじいさんと握手して下に降りた。おじいさんはもっとしゃべりたそうだったけど、ごめんよー、言葉がわからないんだ。だって、おじいさんの言葉、バレンシア語がほとんどなんだもん。スペイン語すらおぼつかない私にそれ以上期待しないで!
下に戻って、受付のおねぇちゃんにキスを投げて外に出たら、なんだか、すごいことになっていた。教会の前はひとだかりで、しかも捧げ銃の態勢の儀杖兵が並んでいる。こりゃ、とんでもないところに出てきちゃったかと慌ててこそこそ出口を抜けると、そこは人だかり。テレビ局まで来ている。どうやら、まだお祭りは続いていたようで、ラッキーとばかりにその場に並んで待つこと30分ちょっと。カテドラルからまた昼のような民族衣装の行列が出てきた。今度は、各教会からの代表+聖像のおみこし2つ+聖職者の行列+ヨハネパウロみたいな格好をした聖職者(たぶん大司教とかだろう)+儀杖兵の一群+音楽隊という隊列。それが、やはりまた市内を練り歩いて、最後は「聖ビセンテ教会」に入って終了だった(結局、全部一緒に歩いてしまった。子供みたい)。時はすでに午後9時近く、やっと陽が沈んだ。
歩き&立ち疲れて、広場前のバルに入る。昨日は、ちょっと怪しげな若者の集団がいて、あんまり筋の良くない店なのかなーと思っていた店だったが、今日は老人やその他たくさん普通の人ばかりなので、入ってみることにした。ポテトサラダとなんか良くわからない揚げ物、ビールで夕飯。1皿の盛りが良くて大きいのであまり色々な種類が食べられないことと、野菜というと豆とインゲン、にんじんばかりなのがちょっと残念。
ホテルに帰ると、もうへとへとになってしまっていた。ホテルのバルでコーヒーを飲んで部屋に戻る。朝9時から夜10時まで一日出歩いているんだから、まあ疲れるのは当たり前。こちらの人のようにちゃんと“シエスタ”すればいいのに、どうも日本人の性としてそんなもったいないことはできないのだ。昼が長くていいのだけれどね。日本にサマータイムが導入できないのはこのせいだろう。
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