月のシズク
mamico



 日常からの逃亡癖

かなり唐突に、そして頻繁に、私の脱線癖が顔を出す。
両足で立っているこの場所から、不意に降りたくなるのだ。
ひょい、と。

午後、ふたたび天王洲へ撮影に行った。
先月の撮影分に追加のイラストが必要になったのだ。
いつもはオフィスに幽閉されている時間帯に、マフラーも手袋もせずに外へ出る。
日差しはすっかり春めいていて、今のところ花粉症とは無縁の私にしてみれば、
なんとも気分がよかった。昼間の電車は空いているし、どこか遠足列車のようだ。

遠足列車。
子供の時に乗ったそれは、非日常そのものだった。
たいくつな学校から、生活から、ぐんぐん離れた場所へ連れて行ってくれる。
窓から流れる風景、友達のはしゃぐ声、やわらかな空気。高揚感と刹那。

大人になってからは、遠足列車のような温度の電車に乗り合わせると、すこしだけ
せつない気持ちになる。もう戻れない地点に来てしまったことに、すこし哀しくなる。
それでも、うららかな午後の電車は、あの時の非日常性にどことなく似ていた。

浜松町からモノレールに乗り換え、ふわっと揺られ宙に出る。
このまま羽田空港まで行ってしまいたかった。
轟音をとどろかせ離陸してゆく巨大な鳥たちを見たくなった。

でも大人になってしまった私は、次の駅で降りて、ぐんと伸びたビルへ向かう。
ぎゅっとひねり潰した逃亡癖を、エスカレータの下にあるゴミ箱へぽいと捨てる。
そこで、私の細胞がわたしに話しかける。アナタはいつか、やってしまうね。

ひょい、と。



2002年03月04日(月)
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