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■ 「四月物語」に封じ込められていた、私たち
驚いてしまった、ほんとうに。 4月になると毎年繰り返された風景。 本館に続く桜並木とサークルの勧誘、体育館での入学式。 ステージ右側に配置されたオーケストラ・ピットから眺めた、新入生の怠惰そうな顔。
「これは大学紹介ビデオか?」とすっかり勘違いしそうになったところで、 居心地悪そうな表情の松たか子が、画面半分に映し出される。 カメラがぐるりと回り、私たちが校歌を演奏する光景が映る。 ヴァイオリンのひらりん、ヨウコちゃん、ヨシダくん。指揮者のアサヲカ。 そして多分、カメラが回りきらなかった右手にチェロを弾く私や玲子姫がいたはずだ。
なんと、あのとき入っていたカメラは、大学側のものではなく 岩井俊二監督「四月物語」の映画制作用のものだったのだ。 5年前のあの事実を、今になってやっと知った。 あまりにもよく知りすぎている光景なのに、 不意を突かれて、驚いてしまった。
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物語は、桜の季節、北海道を旅立ち東京で一人暮らしを始めた卯月(松たか子) の生活を、みずみずしいタッチで描いている。ただ、それだけの話。 なのに、気恥ずかしさや懐かしさ、ちょっとした切なさを感じる。 桜がはらはら散り出すころの生暖かい空気とか、4月のざわざわした構内とか。 何もかもが新鮮で、毎日が未知との出合いで、驚きの連続だった日々。
この映画のキーワードのひとつは「武蔵野」。 好きだった高校の先輩(田辺誠一)が武蔵野大学(架空名)に通っているというので、 一年後、同じ大学に入学する卯月。先輩のバイト先は武蔵野書店という名の本屋。 そして卯月も武蔵野の地に住み始める。
「武蔵野」は、東京の世田谷あたりから八王子あたりまでの、多摩川沿いに広がる エリアをさしている。映画でも国立や府中付近の道路、中野近辺のアーケード が登場する。高層ビルが林立する東京の都心部とは違った、静かで文教的で、 どこか土臭さを感じる場所ばかりである。時間の流れがゆったりしている。 岩井俊二監督は、その風景をノスタルジックな光で包んで映し出す。
スクリーンの中に、かつて自分が在った場所と時間を差し出されて戸惑った。 映画という作品の中に、あの過去の断片が封じ込められていた。 でも、卯月が憧れて熱望した武蔵野の地に、そう、今も私は住んでいる。
2002年03月16日(土)
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