月のシズク
mamico



 赤い月

週の前半だからか、みな早く帰宅したようだ。
まだ9時過ぎだというのに、フロアにひとりきりになった。
窓の外に光を感じたので見ると、東の空から月がのぼってゆくところだった。
鈍いオレンジ色の光にぼんやりと包まれた満月は、不穏な印象を与える。

部屋の電気を消して、ベランダに出ようとしたとき、ぐらっときた。
そのまま窓枠に寄りかかって、煙草をいっぽん吸う。
風が吹いているのか、街の灯りがちらちらと揺れる。
遠くに中央線が走っているのが見える。オモチャみたいだ。
煙草をはさむ指先が冷えてきたので、部屋の中に入ろうとした。
と、また、ぐらりっ。

そのままソファに座り込み、頭をもたれかけさせてじっとしていた。
月は光を充満させ、ゆっくりと音もなく南の空へのぼってゆく。
大昔に「赤い月は不吉なことが起こる前触れだ」と畏れられていたっけ。
自分の体内で打たれる心音をじっと聞きながら、目をつぶっていた。
眼を閉じると、意識がきゅっと集中する。コンセントレイション。

こういうときにこそ、マーラーの5番、アダージェットが似合いの曲なのかもしれない。
弦楽とハープが奏でる、静かで美しい音の波。よるべなき夜のうた。
しかし残念ながら、わたしはそれほどロマンティストじゃぁない。
ひとの声が、いちばんいいに決まっている。昔も今も。


2002年05月28日(火)
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