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■ 雷が鳴る前に
テレビの画面に白い文字が表示された。 「気象警報:埼玉北部に落雷注意報が発令されました」 テレビの電源を消し、ついでに部屋の電気も消してベランダに出る。
北の空、暗い空が光り、雲に反射してオレンジ色が点滅する。 雷雲はまだずいぶん遠くにあるらしく、時折、閃光のみが夜空を照らす。 大地を轟かすような雷鳴が聞こえないぶん、雷光がやけにキレイに夜空を彩る。 ベランダの手すりに寄りかかって、ずっと北の空を眺めていた。 夜風に雨の匂いがうっすら混じっていることに気が付く。 はだしの足がつめたい。もうすぐ、ここにも雨が降るだろうか。
昨夜、日本テレビでやっていた「0911・カメラはビルの中にいた」という番組の、 あるシーンが、いや、ある音が、あれからずっと耳に残って離れない。 ひとが死ぬ音。
カメラは駆けつけた消防士らと共に、WTC1階のロビーにいた。 通信網がやられて指揮官の指示が届かず、うろたえる消防士らの頭上に響く音。 そのとき、旅客機が衝突した上層部は、1000度近くの熱に満たされていたという。 熱さと煙に耐えかねて、ビルの窓から自ら身を投げ出す人々の、弾丸と化した 肉体が屋根に、地面に、叩きつけられる音。人間の命が暴力的に消される音。 消防士たちはその音の正体を知っていた。彼らは音が破裂した瞬間に、怯えた眼をする。 そして、本能的にビルの階段を上り続けた。30kgもの重装備を、ものともせず。
この夏、Ground Zero を目のあたりにしたとき、何も言葉が出なかった。 出てくるのは涙と、失われたものたちへの悲しみばかりで、ただ立ちつくしていた。 番組で北野武が言っていた。この惨事で公表された犠牲者の数は2801人だが、 彼らの家族、恋人、友人、関係する人々みんなもまた犠牲者となってしまった。 だから何万人という人々が、あの日、大切なものを失ってしまったことになる。
私が、駆け込んだ教会で祈りを捧げたのは、犠牲者のみばかりでなく、自分を含め 残された人々への祈りでもあった。死の可能性は誰の中にも在る。だが、それは外 からの暴力で成されるべきではない。断じて。それだけは言葉にしておきたい。
まだ暗い空にはピカピカと、音のない閃光が走っている。 わたしは、久しぶりに母に電話をかけた。
2002年09月12日(木)
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