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■ 行き止まりのその先へ
カレルチャペックスイーツ店のお姉さんは、素敵な笑顔を私に向けて確かに言った。 「この先の交番と写真屋さんの間の道を、まっすぐ東急方面に進んでください。」
私は今、交番と写真屋の角を曲がり、まっすぐ歩いてきた。 しかしそこには「この先、行き止まり」の冷淡な表情の看板が、行く手を阻む。 その壁の右手を見ると、ひとがひとり分、なんとか通れるくらいの小道が 塀沿いにひっそりと生息していた。迷わずその小道を行く。 おそらく民家の通用口に続く私道か何かなのだろう。
しかし、私はお姉さんの言葉を信じてずんずん先へ進む。 腕を振って歩くと、半袖から伸びた皮膚がブロック塀にこすれて痛い。 でも、気にせずどんどん進む。と、広い通りへ出た。見知った通り。 ここに、そんな店はない。そのことを私はとうに知っていた。
立ち止まったまま、少し考えて、来た道を戻り、もう一本先の広い道を曲がる。 NTTの看板が見え(お姉さんは、「NTTの向かいの花屋の向かい」と言っていた) 左手を見ると、花屋の「隣り」にカレルチャペック紅茶店があった。 汗ばんだシャツをパタパタさせて空気を送り込みながら、私は小さく息を吐く。
いい匂いのする、紅茶の缶が欲しかったのだ。 スイーツ店はイートインだけで、紅茶の店売はしていないと言われ、私は店員の お姉さんの道案内を頼りに、紅茶を買いに来た。大筋はそれだけのことである。 親切なお姉さんは、きっと間違えた情報を私に伝えてしまったのだろう。 でも「この先、行き止まり」という看板に直面しても、私はまだお姉さんの言葉 を強く信じていた。だから、行き止まりその先を見たくなったのだ。小さな冒険。
見知った場所でも、行き先を失った瞬間、ひとは旅人になれる。 知らない垣根、見たことのない窓、会ったことのない猫たち。 私はそうやって、日常がくるっくと背中を見せるたびに、旅に出た気分になる。 だから「行き止まりのその先」を教えてくれた、笑顔の素敵なお店のお姉さんに、 実は感謝してるくらいである。ひとの言葉を信じることを、私は強く信じている。
帰り道、夏の終わりのようなとろっとした空気が、 時間までも巻き戻しているかのようだった。
2002年10月04日(金)
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