月のシズク
mamico



 行き止まりのその先へ

カレルチャペックスイーツ店のお姉さんは、素敵な笑顔を私に向けて確かに言った。
「この先の交番と写真屋さんの間の道を、まっすぐ東急方面に進んでください。」

私は今、交番と写真屋の角を曲がり、まっすぐ歩いてきた。
しかしそこには「この先、行き止まり」の冷淡な表情の看板が、行く手を阻む。
その壁の右手を見ると、ひとがひとり分、なんとか通れるくらいの小道が
塀沿いにひっそりと生息していた。迷わずその小道を行く。
おそらく民家の通用口に続く私道か何かなのだろう。

しかし、私はお姉さんの言葉を信じてずんずん先へ進む。
腕を振って歩くと、半袖から伸びた皮膚がブロック塀にこすれて痛い。
でも、気にせずどんどん進む。と、広い通りへ出た。見知った通り。
ここに、そんな店はない。そのことを私はとうに知っていた。

立ち止まったまま、少し考えて、来た道を戻り、もう一本先の広い道を曲がる。
NTTの看板が見え(お姉さんは、「NTTの向かいの花屋の向かい」と言っていた)
左手を見ると、花屋の「隣り」にカレルチャペック紅茶店があった。
汗ばんだシャツをパタパタさせて空気を送り込みながら、私は小さく息を吐く。

いい匂いのする、紅茶の缶が欲しかったのだ。
スイーツ店はイートインだけで、紅茶の店売はしていないと言われ、私は店員の
お姉さんの道案内を頼りに、紅茶を買いに来た。大筋はそれだけのことである。
親切なお姉さんは、きっと間違えた情報を私に伝えてしまったのだろう。
でも「この先、行き止まり」という看板に直面しても、私はまだお姉さんの言葉
を強く信じていた。だから、行き止まりその先を見たくなったのだ。小さな冒険。

見知った場所でも、行き先を失った瞬間、ひとは旅人になれる。
知らない垣根、見たことのない窓、会ったことのない猫たち。
私はそうやって、日常がくるっくと背中を見せるたびに、旅に出た気分になる。
だから「行き止まりのその先」を教えてくれた、笑顔の素敵なお店のお姉さんに、
実は感謝してるくらいである。ひとの言葉を信じることを、私は強く信じている。

帰り道、夏の終わりのようなとろっとした空気が、
時間までも巻き戻しているかのようだった。

2002年10月04日(金)
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