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■ よーい、ドン!
子供たちの声で眼が覚めた。 窓の外は完全に昼間の光が満ちていて、私はカーテンを開けて部屋の闇を ベランダから外へ追い出す。はだしのままタイルに立ち、下を見下ろした。
白い帽子をかぶった小さないきものが、うじゃうじゃいる。 マンションの前には、一方通行の狭い道がずずっと真っ直ぐのびていた。 ピンクのエプロンを付けた若い保母さんが、「まぁだだよ。まだ、だよ」 とちょろちょろ動き回る子供たちを制す。電柱が2本ぶんくらい向こうに、 もうひとり、卵色のエプロンを付けた保母さんが立っている。
「よーい、ドン!」 ピンクのエプロンの保母さんが高い声をあげる。 子供たちはいっせいに卵色のエプロンの保母さんめがけて駆けてゆく。 小さな歩幅で、腕をぶんぶん振って、てってってってと、駆けてゆく。
私はベランダの手すりに寄りかかったまま、ぴょこぴょこ動く白い帽子を眺める。 「ほーら、ゆーくん、ドンだよ、ドン。走って、はしって」 振り向くと、ピンクのエプロンの保母さんに背中を押されて、白いひよっこが ひとり、てくてくと歩いている。ああ、いるいる。道草ばっかり喰ってなかなか 走ろうとしないゆーくんを、子供だったころのわたしに重ねる。
ピンクの保母さんの声が粗くなり、ゆーくんは仕方なく、てってっと走り出す。 ズコン。二三歩駆けたところで、ゆーくんはアタマから転ぶ。泣き声が上がる。 保母さんが駆け寄り、ゆーくんを抱き上げて、向こうでぴょこぴょこ跳ねる 白い帽子の子供たちのところへ寄って行く。女の子がひとり、心配そうにこちら へ向かってくる。ゆーくんは「おろして」というふうに、もぞもぞと動き、 女の子が差し出す小さな手に、手のひらを重ねて、てってってっと駆け出す。
私は何かを思い出そうとして、自分のてのひらを眺める。 道の向こうでは、子供たちのキャッキャという高い声が、 昼間の白い光に吸い込まれていた。
2002年10月18日(金)
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