月のシズク
mamico



 逢い引き

ひとところから抜け出したくなったとき、私はためらいもせず、するりと抜け出る。
後を振り向かず、誰かに何かを言付けることもなく、自らの意志でするりと抜け出る。
そうせずにはいられないのだ。個人的な我が侭とは知りつつも。

雨上がりの青い空に起こされ、めずらしく朝からせっせとコトを片付ける。
休憩がてら、ベランダに出て高い高い秋の空を眺めていたら「妹」が隣りにやって来た。

「後で三番地に行こうと思うんです」
すこし意味深な、でも屈託のない笑顔で言う。
「何時ごろ?」
「うーんと、三時すぎ」

それで十分にコト足りてしまう。私はせっせとあれやこれやを片して、
三時半には三番地の重い木のドアを押していた。一番奥の席に「妹」の気配。
私が近づくと、彼女は肩越しに振り返り、にっこりと屈託のない笑顔で迎えてくれる。

店の中には、外の清々しい青々とした気配は持ち込まれず、いつもの静かな空気
が、ひっそりと呼吸している。黄色くなった壁、厚みのある木のテーブル。
壁に掛かった痩身の男の絵。男はどことなく店のカウンターの中の主人に似ている。
深い緑色の厚ぼったいガラスの灰皿に、吸いかけの煙草が一本。

「なんか、あいびき、みたい」
煙草から上がる、白く細い煙を追っていると、「妹」が不意にそんなことを言い出す。
その言葉の色っぽさに、私は中途半端な笑みを作ってしまう。
「ここに来る途中、アベさんの家の黄色い花がきれいだったんです」
「アベさんの家の黄色い花?」
「そう。垣根からせり出していて、ちょっとミモザみたいなかんじの」
「それじゃ、帰りにアベさんのお宅を探してみるよ」
と、答えながら、この子は詩みたいな日本語を話す子だな、と思う。

柿のタルトとふんわりと泡立ったカフェオレをのみながら、きっと「妹」は、私よ
りずっと上手に抜け出ることができるのだろう、と思う。すんなりと。きっぱりと。
そして、たくさんの素敵なものを見付ける感覚を身につけているのだと思う。
本人もきっとまだ、気付いていないかもしれないけれど。ノット・イェット。

「逢い引き」は、きっと、抜け出ることのできる人と人が会うことなのだろう。
そこから抜け出る潔さを持ち合わせていないと、おそらく「逢い引き」は成立しない。





「逢引=互いに語りあってひそかに事をたくらむこと」(広辞苑より)

2002年10月22日(火)
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