月のシズク
mamico



 エール交換

研究室のドアを開くと、明らかに睡眠不足の顔をしたモリカワ氏が立っていた。
「おはよう。だいじょうぶ?」と、少し遠慮がちに声をかけてみた。
モリカワ氏のデスクには、コーヒーの空き缶が並んでいる。

「はい。これ」
モリカワ氏は眠そうな目を細めて、私の手の甲にぺたりと小さなシールを貼り付けた。
ジョージアの缶コーヒーに付いている、あの小さなシールだった。
裏側には「明日へのヒトコト」が書かれている。私はぺろっと裏返し、それを読む。

      「貴女なら 出来る はずだよ 頑張って!!」

私は彼の顔を見つめて、ありがとうを云う。
今わたしたちが置かれている状況を、いちばんよく体感している仲間。
彼も私も今月末締め切りの原稿を抱えていた。残すところ、あと二日。
今週に入って、彼がずっと不眠不休の状態で取り組んでいることは知っていた。
ありがたい、あたたかいメッセージを、私はデスクの横に貼り付ける。

午後、自動販売機であまり飲んだことのない缶コーヒーを買う。
そして、例のシールをぺろりと剥がす。

       「苦しみも 慈しみ さえも 我が肥やし」

私はそのシールを、モリカワ氏のデスクに貼った。
迫られる者たちの、ひそやかな、エール交換。
いつだって、ささやかな優しさが、背中をそっと押してくれる。
私は そんなひとたちの心に 感謝する。


2002年10月29日(火)
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