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■ 診療所という場所
心を決めて、午前中のうちに地元の診療所へ行く。 それなりに病院がたくさんある場所に住んでいるのだが、私はゆるりとした、 庶民的なざわめきを持ち、ひだまりの匂いがする、そしてちょっとヤブな 診療所を好んでいる。聴診もしない。採血もしない。叱責もしない。
リタイア寸前の老医師が、ゆっくり問診し(時々、同じ質問を何度も繰り返す)、 カルテにこりこりを黒いペンで症状を書き込んでゆく。老医師はその仕事のペース を決して崩そうとしないので、患者たちは長い時間、待たされることになる。 それでも、誰も待たされることにあまり頓着しない。ま、そういう場所なのだ。此処は。
私も例に漏れず長い時間待たされ、名前を呼ばれて診察室へ入る頃には、 たくさんの老人たちをかきわけて進まなければならなかった。 老医師がいつものように問診する。私はそれに、出来る限り正確に答える。
「喉に焼けるような痛みを感じたのは昨日の朝。それからくしゃみが出て、 夜に発熱しました。37.5℃くらい。今は少し鼻が出ます。それと、発熱 する前に感じる頭痛がします。これからもっと熱が出るのかも知れません」
老医師は、「喉をみせて」と木べらで私の舌をぎゅっと押さえる。 「ああ、腫れてますね。お薬を塗りましょう」 そう言われ、私は身構える。喉に塗られる苦酸っぱ辛い薬が私は苦手だった。 長い銀の棒の先に脱脂綿をくるくる巻き、茶色の液体をつけられたそれが、 私の喉ふかく挿入される。そして、老医師は力を加減することなく、ぐりぐり とそれを塗りたくる。私は苦しくて、いつも涙眼になってしまう。
「はい、おしまい」 そう言って、老医師は銀の棒を私の喉から抜き、しげしげと私を眺める。 「ああ、つらかったね。ごめんごめん」 老医師は私の背中を、ぽんぽん、と二回たたいた。 老医師の手はあたたかく、私は涙がこぼれそうになるのを我慢する。
それから隣りの処置室で注射を二本受け、受付で処方箋をもらって薬局に寄った。 風邪ひきで、熱っぽいアタマを持てあましながら、私はこれからすべきことを 考える。研究室のデスクには、みんなからのお見舞い品が積まれ、私は老医師の あたたかな手を思い出す。

みんなからの慰め品。ありがとう。早く直しますね。
2002年11月06日(水)
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