 |
 |
■■■
■■
■ チェロのいない部屋
在るものが、在るべき場所にないというのは、 なんと居心地の悪いものなのだろうか。
と、私はこれを書きながらも(風邪っぴきの私は、ベットにPCを持ち込んでいる) 部屋の隅に視線を投げかけ、居ないことを、半ば強制的に、何度も確認している。
この部屋の壁はこんなに白かったのか、とか、クローゼットの開閉が難なくできて しまうことや(そのくせ、クローゼットの扉を閉めるときは、奴が反動で倒れて しまわないように、いつものように反射的に手を差し延べてしまったりする)、 フローリングの隅に吹きだめられたホコリなんかを片付けながら、女々しくも、 ここには居ないことを何度も、何度も、あきれるくらい何度も確かめてしまう。
そして、私のチョコレート色のチェロケースの、艶っぽい曲線美を思い描いたり、 九つの金具をパチンパチンと外す音を、耳の中で響かせてみたり、ケースを開いた ときに現れる、イタリアの太陽のような陽気な赤いボディを思い出してみたり(でも、 アイツは純正たる日本製だ)、錆びかかったエンドピンを伸ばすときに、指にあたる 微妙な引っかかり具合を想像してみたり。まったく、突然恋人を失ってしまった そこいらの男のような女々しさである。
夕方、池袋の先に住む太田さんに、チェロを預けてきた。 太田さんは楽器の修理にかけては、神様のような指をもった方で、彼にかかると たちまち楽器が生き返ってしまうのだ。私の子も少々具合が悪くなっており、 演奏会前に急遽、一晩だけ入院することになった。
何度も「太田さんなら安心だよ」と自分に言い聞かせながら、 やけに身軽な右肩に不自由さを覚えつつ、ひとりで帰ってきた。 あの子を置いてきてしまったことに対する不安なんかじゃなくって、 実のところ、私がチェロにおいてけぼりにされてしまったみたいで、 どうにも、こうにも、落ち着かないのである。

ああ、恋しい!
2002年11月07日(木)
|
|
 |