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■ 生命の気配
業務上、ある種の必然性を伴って、たびたび書庫に降りる。 図書館のカウンターの裏手、司書さんたちの休憩所兼作業所を通過して、 重い鉄の扉を開くと、そこはもう、さっきまで私がいた場所ではなくなる。
薄暗く、天井は低く、空気は停滞し、音が閉じ込められている。 巨大な図書館に隣接する、巨大な書庫という、ひとつの空間において、 そこはまるで異界としか呼びようのない場所なのだ。まったくのところ。
タイルの上に靴音を響かせながら(それさえも不気味に響く)、鉄の階段を 昇ったり降りたりして、天井まで届く本棚の間を行き来する。他人に出会う ことは少なく、収納された本ばかりが、奇妙な生命感(ときにそれは威圧的 ですらある)を持って私というひとりの人間を俯瞰する。
ある種の恐怖と畏怖の念を抱きながら、私は「すんません。おじゃましてます」 と小声でこそこそひとりごちながら、偉大な歴史家たちの前をちょこまかと 動き回る。黴臭い空気が肺の中に充満し、息苦しくなる。そんな場所。
階段を上り、廊下を足早に駆け、鉄の扉を押して書庫へ出ると、 情けないほど、ほっとしてしまう。そして、深々と呼吸をする。 図書館も本も好きだ。しかし、書庫のあの陰鬱で威圧的な雰囲気には、 まだまだ馴染めそうにない。
2002年11月13日(水)
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