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■ テーブル・トーク
季節が移ろう、ごく短い過渡期が苦手だ。 冷気が薄氷のように辺りに張つめ、肌感覚が敏感だった冬の隙間に、 ゆるいピンク色が街を覆い、ぬるいそよ風がコートのボタンを外すとき、 私は妙に落ち着かない気分にさせられる。
そして困ったことに、一切の物事が手につかない。 仕事も、生活も、ごくごく日常の細事すらも。
「フレデリックの話、知ってる?」
振り払えぬ怠惰を抱え、半ば投げやりに日々を押し流していたとき、 テーブルの前に座った友が出し抜けにそんなことを訊いてきた。 「なにそれ?」 「ちょっと変わったねずみの話。ほら、『スイミー』のレオ=レオニが書いた絵本」 「どんな話? 聞かせて」
それは、こんな話だった。 夏の間、せっせと食べものを集めて働いている仲間の野ねずみたちをよそに、 フレデリックはぼんやりと空ばかり見上げています。 仲間が「君は何をしているんだい?」と聞いても、「ひかりを見ているんだよ」 と答えるばかり。やがて冬になり、野ねずみたちは越冬のため穴にこもります。 巣穴の中は食べものがたくさんあるのに、暗くて、寒くて、野ねずみたちは たちまち心細くなります。そしたら、フレデリックが「ぼくがお話をしよう」 と、夏の間に集めた、ひかりの話や色の話、ことばの話をします。 仲間の野ねずみたちは、たちまちうっとりと幸福な気分になり、 フレデリックが夏の間にしていた「彼の仕事」を理解するのでした。
「つまり、だ」 話し終えた友は、真正面から私の顔をまじまじと見つめた。 「マミゴンは今、なーんにもせず、日々ぼーっと過ごしているかもしれないけど、 それはいつか誰かのためになる時間かもしれない、ってことだよ」 友はカップを持ち上げ、きっとすっかり冷めてしまったであろうコーヒーをすする。
「キリギリスもアリのために、冬の間、音楽のひとつでも奏でてやればよかったのにね」 照れ隠しに、私はそんなことを言ってみる。そして、小さく友に感謝する。
2003年03月05日(水)
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