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■ 電車の窓からみた風景
情けないことに、歯が砕けてしまった。 自分で作った海老チリの、カリッと美味しく揚がった尾がいけなかったらしい。 虫歯でもろくなっていた奥歯が、ゴリッと欠けた。まったくホントに情けない。 そしてまた、歯科医通いが始まった。
若先生の腕を見込んで通い始めた歯科医院は、ふたつ先の駅前にある。 今までは電車で数分のそこへ、各駅停車でコトコト揺られて通っていた。
思い直して地図を広げたところ、私は嬉しくなってしまった。 公園を突っ切って、線路沿いの道をゆけば、それほど遠くないことが判明した。 でも私が鼓舞した理由は、キョリの問題ではない。いつも電車の窓から眺めていた あの風景の中に行けるんだっ、と嬉しくなってしまったのだ。
鉄橋の下の落書きを眺めるでしょ、散歩途中のイヌくんに挨拶するでしょ、 広場の隅で揺れる柳の木を見上げて、さわさわ風に揺れる音を聞くでしょっ。 そのどれもをやり尽くし、ひとり 満足してみる 夕刻の時。
帰り道、電車の中からひそかに焦がれた風景の中に立ち、 今度はそこから走り行く電車を見送る。
蛍光灯に照らし出された人々の中には、やっぱり公園の柳の木を見つめている 眼もあって、私は少しだけ優越感にひたる。さわさわと揺れる、夜の柳の木の下で。 へへっ、いいでしょー、なんて心の中でおどけてみたり する。
でも、一度だけ、その光がうらやましくなった。 街灯のない線路沿いの道を、後ろからゴーッと電車が追い抜いてゆくとき、 私と私の乗った自転車が、わずかな間だけ光の中に入れる。その明るさ。 黄色い光が私たちを映し出し、「がんばれよー」と声をかけ、去ってゆく。
風景の中から出ることも、そこへ入ってゆくことも、 ちょっとした喜びとせつなさがあること 知りました。
2003年03月26日(水)
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