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■ 宵の風にほだされて
夜遅くまで仕事をしていると、日が長くなったのに驚く。 おまけに今日は梅雨明けのように蒸し暑く、午後からは台風一過のような 青空がのぞいた。吹き抜ける風もなまあたたく、志気もしぼむけだるさだ。
暑さにバテた猫のように伸びていると、隣の部屋のすがっちが入ってくる。 「あー」とか「うーん」とか騒音を立てながら、安眠妨害もいいところだ(寝るなっ)
「ねぇねぇまみちゃん、ビール、のみたくねぇ?」 すがっちは隣の椅子にどっしりと腰掛け、旨そうに舌なめずりまでする。 シゴトが残ってるから、とか、今日は外へ出たくないから、とか、言い訳を重ねた はずなのに、なぜか女の子たちまで引き連れて、井の頭通り沿いの「いせや」へ。
100年前も、そしておそらくは100年後も、その不変性を疑う余地もない 「いせや」の店内は、その昔、旅館か何かだった。通された二階の部屋からは、 燻された木の張り出しが風情ただよう形相だ。おまけに、軒先にはちょうちんが 風にゆれている。暮れなずむ空を見上げながら、焼き鳥を喰い、冷やしトマトを つつき、枝豆をつまみながらビールをあおる。いい気分だ。
「だぁーっ! いいなー、うまいなー。いやー、気持ちいいよねーっ」 隣ではすがっちが満面の笑みを浮かべて、喉を鳴らしながらジョッキを空けてゆく。 アタシの台詞をすべて言い尽くすなよ、と、ココロの中でおもう。
木枠のガラス戸を、音を立てながら全開にして、風を部屋へ招き入れる。 街にあかりが灯り出す頃、空はうすいむらさき色に染まり、時間がぐらりと前後に 揺れる。過去にも、未来にも属せないような、曖昧な紫雲色のエアポケット。
「気ン持ちいいよねー」を連呼するすがっちを横目に見ながら、 ああ、宵の風にほだされるのも悪くないな、とジョッキを持ち上げた。
2003年05月07日(水)
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