新古今東西お笑い見聞録



M-1�ぅ瀬ぅ離�

2003年01月07日(火)

最近日にちを前倒しして更新していますが
本日はダイノジです。
また肩透かしか〜と思っているみなさんも多いと思いますが
みなさんが期待している笑い飯は
もうしばらく先になりますので期待だけして待っていてください。

さて今回は漫才のリアリズムに関して書いていこうと思います。
今回のダイノジのネタは以前OAバトルで
褒めたネタと全く同じものでした。
全く同じということでOAバトルの寸評のところで書かなかった
気になったところも全く同じようにあったのでここで書きたいと思います。

前々から書いていているのですが笑いというものが花開くのは
現実と非現実の、日常と非日常の間にある事柄をネタとして見た時で
ありそうでない話しをするのが近道でありセオリーといえます。
そのセオリーの中には全くの嘘や間違いがあってはいけないというのが
重要だと私は考えています。

さてそこで今回のダイノジのネタなのですが
よく漫才で小説や歌などの引用を使いますが、その引用部分が不完全だったと、
間違っていたというところが非常に気になったわけです。
何かを引用するということは笑いのキーポイントとして
それを使うということで中途半端な引用は許されないはずです。
間違った引用をしてしまうと見る側の頭に疑問符があらわれてしまい
そこでその漫才自体の信憑性もリアリティもテンポも
全てがなくなってしまいます。
引用するならば完璧にするべきだということなのです。

今回ダイノジがした引用は間違っていたというよりも
全く別ものになってしまっているという最悪な状態で、
さらにかなりの時間それが続いたため不快感が蓄積されてしまったと
考えてもいいのではないかと思いました。
今回の敗因はそういった重要なポイントの緻密さがなかったからでは
ないでしょうか。

さて今日はこれだけでは終りません。
M-1GPの公式HPにあるBBSをなにげに覗いてみたのですが
非常に稚拙で低俗な書き込みが多いことに驚かされました。
談志師匠のコメントについての批判、
笑い飯について非常に偏った見方で真意を理解していない
書きこみが多数書かれていました。

その辺に関しての批判はとりたててする気はないですし、
今後のここでの評論を読めばわかると思いますので今は書きませんが
審査員、漫才師、そして司会、全ての人が緊張の中行われた、
緊張の中で行われたものであって欲しいM-1GPに関して
その価値を貶める発言は今後のお笑い界も暗くしかねないので
やめて欲しいと思いました。

もっと思慮深いコメントを素人ファンもするのがマナーではないでしょうか。

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