ふうこの英国留学日記-その後

2002年04月16日(火) レオナルド再び

今日はサン・ジョパンニ・エパウロの前のコレオーニ将軍の騎馬像の前で集合。ジョパンニ・エ・パウロ教会については金髪のほうのケイト(このクラスには二人のケイトがいるので)が担当。最初照れていたがなかなかしっかりまとめていた・・・ようだった。というのも、とても静かな教会のなか説明の声も小さくならざるを得ず、よく聞こえなかった。隣にいた人ぐらいしかよく聞き取っていなかったのでは?と思うくらい。あと、やはりイギリス人の普通の若い女の子の話は聞き取りにくい、声が高くて細いうえ、早口。
これはつらかった。そして、あまりのわからなさにケイトが参考資料にしていた、この教会の内部で売っているこの教会についての解説書を購入。これで彼女が発表した4つの記念碑について読めば内容がわかるだろう。
そのご、午後にプレゼンを控えちょっとピリピリしたMと一緒にカフェで勉強。お昼は先日行った、リアルト橋の近くの天津という中華レストランへまた行きアジアの味を堪能。(ラーメンと餃子を食べた)そして、食後もうろうろせずまたMの発表するフラーリ教会の近くのカフェで勉強・・・していたのはMだけで私はこのとき眠たくてうとうとしていただけだった。3時から5時くらいまでじっくりフラーリのMと先生による解説が入り、終わるともうぐったり。しかし、風邪がだいぶ治ってきた私としては母に頼まれたお土産の買い物がしたくて、またリアルト橋のほうまで行った。いいものが見つかったが一つに絞るのに最後、色で悩んだので母に電話で聞いてみることにして、買わずに今日はアパートに帰る。

つかれてぐったりしてしまい、Mが作った晩ご飯に便乗させてもらう。なかなか美味しいパスタだった。
ふたりとも疲れきっていたのにもかかわらず、やっと両方のプレゼンが終わった開放感からくだらないイタリアのオーディション番組を夜中まで見続ける。Mはレオナルドというダンサー志望の十代の男の子に惚れこんで、「綺麗な顔だねー」とうっとりしていた。
しまいには、画家になって彼をモデルにしたい。。。写真よりもながく彼を見ていられるから・・・とかなり妄想が入っていたが。
しかし、Mのこれ以前の一番のお気に入りはベッリーニの受胎告知の天使ガブリエルの横顔か、フラーリ教会にあるティッツィアーノが描いたレオナルドという中世の貴族の少年だったので、それに比べればだいぶ生身の男性に近づいてきたので、まだ、良くなったのかもとも思う。
12時までその番組を見て、寝た。


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