-殻-
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そういえば、ここしばらく君とあの店に行ってないね。
毎週のように、仕事が終わってから二人で行ってたのに。 そうか、最近は出張が多かったからなあ。 出張は大抵君と一緒で、食事は必ず二人でしてるから、 あの店に行ってないことに気付かなかったな。 久しぶりに誘ってみたら、あっさり了解。 ちょっと張り詰めていた空気が、急に緩んでしまう。 僕の調子がよくなくて、ろくに口を利かない時もあって、 君はてっきり僕が君のミスに怒ってると思い込んでいて、 すごくぎこちない時間が一週間くらいあった。 結局は何でもなかったんだけど、 一度微妙な距離を感じてしまうと、 僕らはどうにもそれをうまく修復できないんだ。 まるで付き合い方を知らない恋人同士みたいだと、 僕はそう思ったりするんだけど、 君にとっては、大した問題じゃないというだけなんだろうな。 久しぶりに、馴染みの席で君と刺身を突付きながら、 僕はずいぶん機嫌がよくなってしまった。 言わなくてもいいことも言ってしまったような気がするけど、 君はきっと、それが君のことだとは気付いていないだろうね。 気付いていないならそれでいいし、 気付いているのに気付かない振りをしているなら、 何かのきっかけで転がり始めるだろう。 人生は短い、行くしかない。 なんて、誰かが唄ってたのが、妙に耳について。 確かに時間は残酷に過ぎていくし、僕は年を重ねる。 馬鹿な博打に打って出るのも初めてじゃないし、 失うものは少ない方がいい。 身を任せてみるのも、いいかも知れない。 僕の話を根掘り葉掘り聞いておきながら、 自分のことはほとんど語らない君を見つめながら、 また暴走しかける自分を、必死に抑える。 INDEX| PAST| NEXT | NEWEST |