気ままな日記
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唯川恵さんの小説「病む月」を読む。
30年以上も前に、「ひみつのアッコちゃん」というアニメがはやった。 「てくまくまやこんてくまくまやこん、(いまだに覚えているあの呪文)○○さんになあれ」と主人公がコンパクトに向かって唱えると、なりたい誰かにたちまち変身できた。 彼女が鏡の中に見ていたのは、現実の自分の姿ではない。 自分がなりたい別の誰か、今ではなく未来、今居る場所ではなくて違うどこか・・・。
ずいぶん前にうけた心理検査で、 「鏡にうつった自分の姿が他人のように思えることがある」という項目があった。 回答は(いつもある)(ときどきある)(そういうことはない)の三つから選択する形式だったか、それともそう思える度合いをパーセントで答える形式のものだったか今はもう覚えていない。 ただ、私は、ほとんどいつもそう思えると答えたことは確かだ。 そしてそれは今もそうだ。 鏡は正確。顔の細部まで細かくうつしだすことはもちろん、今ここにこうして存在しているわたしを、容赦なく指摘する。 人生のおよそ半分を生き終ったわたしを遠慮なくうつしだす。 どんなに認めたくなくても否定しようとも、「あなたは今、そこにそうやって居る。ほかのどこでもなく、そこにそうやって立っているのよ、そしてこれからもずっとね。それがあなたなのよ」。 わかりきったこのことに心のどこかで抵抗する自分がいる。 「ここではない、どこか」「今ではない、いつか」「現実に目の前にいる人ではない、別の人」・・・そして今わたしが歩んでいる人生ではない別の人生。
わたしが鏡の中に見たいと思っているものは何? 見ることを否定しようとしているものは何?
目の前にうつった自分の姿と妥協できる日はくるだろうか。
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