気ままな日記
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2003年07月20日(日)

唯川恵さんの小説「病む月」を読む。

30年以上も前に、「ひみつのアッコちゃん」というアニメがはやった。
「てくまくまやこんてくまくまやこん、(いまだに覚えているあの呪文)○○さんになあれ」と主人公がコンパクトに向かって唱えると、なりたい誰かにたちまち変身できた。
彼女が鏡の中に見ていたのは、現実の自分の姿ではない。
自分がなりたい別の誰か、今ではなく未来、今居る場所ではなくて違うどこか・・・。

ずいぶん前にうけた心理検査で、
「鏡にうつった自分の姿が他人のように思えることがある」という項目があった。
回答は(いつもある)(ときどきある)(そういうことはない)の三つから選択する形式だったか、それともそう思える度合いをパーセントで答える形式のものだったか今はもう覚えていない。
ただ、私は、ほとんどいつもそう思えると答えたことは確かだ。
そしてそれは今もそうだ。
鏡は正確。顔の細部まで細かくうつしだすことはもちろん、今ここにこうして存在しているわたしを、容赦なく指摘する。
人生のおよそ半分を生き終ったわたしを遠慮なくうつしだす。
どんなに認めたくなくても否定しようとも、「あなたは今、そこにそうやって居る。ほかのどこでもなく、そこにそうやって立っているのよ、そしてこれからもずっとね。それがあなたなのよ」。
わかりきったこのことに心のどこかで抵抗する自分がいる。
「ここではない、どこか」「今ではない、いつか」「現実に目の前にいる人ではない、別の人」・・・そして今わたしが歩んでいる人生ではない別の人生。

わたしが鏡の中に見たいと思っているものは何?
見ることを否定しようとしているものは何?

目の前にうつった自分の姿と妥協できる日はくるだろうか。


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