蜜白玉のひとりごと
もくじかこみらい


2002年12月17日(火) すき間をつくる

三好達治『詩を読む人のために』を読む。朝出かける前に、電車の中で読む本を選んでいて、気がつくとだいぶ詩から遠ざかってしまったのを思ってこれにする。途中まで読んでほったらかしだった本をもう一度はじめから読む。

三好達治がさまざまな詩を取り上げて、詩の世界を案内をしてくれる。新体詩、象徴詩、それに続く後期象徴詩。ここまでは文語調なので、中には何を言っているのかわからないものもある。味わうより前に、文語に対してちょっとした拒否反応が出る。それからがらりと変わって、口語自由詩。そこで、おおこれは!と思うような詩2編と出会う。


 雨の詩

  ひろい街なかをとつとつと
  なにものかに追ひかけられてでもゐるやうに駆けてゆくひとりの男
  それをみてひとぴとはみんなわらつた
  そんなことには目もくれないで
  その男はもう遠くの街角を曲つてみえなくなつた
  すると間もなく
  大粒の雨がぼつぼつ落ちてきた
  いましがたわらつてゐたひとびとは空をみあげて
  あわてふためき
  或るものは店をかたづけ
  或るものは馬を叱り
  或るものは尻をまくつて逃げだした
  みるみる雨は横ざまに
  煙筒も屋根も道路もびつしよりとぬれてしまつた
  そしてひとしきり
  街がひつそりしづかになると
  雨はからりとあがつて
  さつぱりした青空にはめづらしい燕が飛んでゐた
  
               山村暮鳥  詩集『風は草木にささやいた』より



 秘密

  子供は眠る時
  裸になつた嬉しさに
  籠を飛び出した小鳥か
  魔法の箱を飛び出した王子のやうに
  家の中を非常な勢でかけ廻る。
  襖でも壁でも何にでも頭でも手でも尻でもぶつけて
  冷たい空気にぢかに触れた嬉しさにかけ廻る。
  
  母が小さな寝巻をもつてうしろから追ひかける。
  裸になると子供は妖精のやうに痩せてゐる
  追ひつめられて壁の隅に息が絶えたやうにひつついてゐる
  まるで小さく、うしろ向きで。
  母は秘密を見せない様に
  子供をつかまへるとすばやく着物で包んでしまふ。

               千家元麿  詩集『自分は見た』より
  

どちらも情景がありありと目の前に見えるような、鮮やかな詩。難しい言葉などひとつもなく、むしろ単純に素直に書いている。

詩は楽しい。けれども、気持ちに余裕のないときにはたいした言葉は出てこない。心のなかに、言葉が遊ぶすき間をつくることがなにより必要なのだ。


蜜白玉 |MAILHomePage