沢の螢

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それぞれの戦後史
2002年05月24日(金)

昨日渡辺えり子作、文学座芝居「月夜の道化師」をみた。
この人の作品は初めてだが、なかなか見応えがあった。
一家の主としては存在感の薄い頼りない男と、典型的な主婦型の妻、呆けた母親、戦死した父親の弟で、なぜか独身のまま、この家に住んでいる叔父、話は母親を中心に展開するが、シナリオは二重構造になっていて、この一家の戦後史が、しだいに明らかになる仕掛けがしてある。
呆けた母親と叔父は、昔恋仲だった。しかし、ふとした過ちでその兄の子を宿し、出征前に結婚する。弟の方は、結核を患っていたため、応召せず、戦死した兄の妻を守る形で、家にとどまる。
しかし、戦死したと思われた兄、つまり呆けた母親の夫は、実は特攻隊の脱走兵で、戦後身分を隠して生き延び、阪神大震災で終わったのだった。
そうしたドラマの中で、母親のボケが何に起因するのか、解ってくる。
命つきる前、幻のごとくに、満月の中でダンスを踊る母親と、かつての恋人だった叔父、このラストシーンは、涙が出た。
戦争の痛みを生涯背負って、生きなければならなかった人々、その傷の深さはそれぞれ違い、人間の数と同じ数のさまざまなドラマがあったはずである。
その一つを象徴する形で、戦後生まれの渡辺が書いたところに、意味があるのだろう。

帰宅の途中、バスを待っていたら、酔ってバス停に転んだ人がいた。助け起こしたのは、若い男性だった。年配で、かなり酔っていた初老の男の人は、バスに乗り込むのがやっとだった。
青年は、前の方に並んでいたのに、全部が乗り込むのを待って、初老の男の人を、空いていた席に案内した。そして、見守る形で、そばにさりげなく立った。ことばは発しなかったが、やさしい心遣いの出来る人だと解った。
こういう青年が、優しさ故に、傷ついたりしない社会であってほしいと思いながら、バスに揺られていた。

2002年05月24日 01時03分58秒



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