沢の螢

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秋黴雨
2002年09月06日(金)

昨夜から降り出した雨が、今日は、大降りの一日だった。
俳句文学館での、連句会に行く。
この会は、宗匠の人たちがほとんどで、私などには、声もかからなかったが、最近は、高齢化が進み、亡くなったり、病気などで、会員の数も減り、少し門戸を広げているらしい。
メンバーが揃わないときは、私にまで、誘いがある。
春に一度寄せていただき、今回は2度目である。
なぜか、前回も、こんな大雨の日だった。
11人が2卓に分かれて歌仙。
捌きが良く、面白い一巻となった。

7月に、それまで入っていた小さな連句サークルを辞めた。
主宰者も、メンバーも、皆優しく穏やかで、善良な人たちだった。
誘われてメンバーに加えてもらい、1年半居た。
月2回の例会を楽しみに出席し、グループの行事にも、積極的に参加してきた。
ところが、なぜか理由はよくわからないが、メンバーの中に、私の存在を、心良く思わない女性が居たらしい。
今年になって、彼女はちょくちょく会を休むようになり、それを気にした私が、グループのリーダー的存在である人に、メールで問い合わせたことから、それがわかった。
そして、その人は、彼女の言うことを、一方的に取り上げて、私をトラブルの原因と、判断したらしかった。
具体的なことは、何も明らかにされなかったが、何か、誤解があるらしいのは、その人のメールで想像できた。
ほかのメンバーは、このことに全く関与していなかった。
私がなぜ、一方的にトラブルの原因にされていたのか、具体的に言ってほしかったが、その答えが得られないまま、私は会を辞めた。
前日まで、辞めるという発想はなかったし、辞めねばならぬようなこともしていないのだが、私は、信頼していた人が、私よりも、彼女の方に添った見方をしたことが、ショックだった。
考えてみると、彼女は私より古くからいて、その人と、始終メールのやりとりをしていて、日頃からコミュニケーションが出来ている。
物事について、相反する解釈があった場合、人は、自分に近い人の言うことを信ずるものだ。
その人が、彼女の言うことを信じ、私をトラブルの元凶と決めつけたのは、当然の成り行きだったかも知れない。
でも、私の言うことも、きちんときいてほしかったし、同じ会のメンバーとして、公平に扱ってほしかった。
大きな組織なら、適当な付き合いをして、いいところだけ採って、やり過ごすことが出来る。
しかし、10数人のささやかなサークルで、隠し事や、嘘があるのは、いやだった。
「よい戦争より悪い平和の方がマシだ」という言葉があるが、「悪い平和」を「よい平和」に変えていくためには、時には、ぶつかり合いも、仕方がないのではないだろうか。
その中から、本当の友情も生まれるかもしれないし、理解も深まる場合もある。
だが、リーダー格の人は、正面からぶつかるより、老獪に、表面何事もないかのごとく、処理したかったらしい。
私は、そのいきさつとは無関係にあった主宰者に、訳を言って、やめることを伝えた。
そして、一月以上になる。
事情を知らない人には、私は「今休んでます」と言うことにされているらしい。
仲良くしていた2人ばかりの人だけに、およそのことは話したが、それ以上、言及していない。
私に辞めるように促した人は、その後、様子をうかがうようなメールをよこしたが、私は、以後音信を絶っている。
私に反感を抱いていた人は、目の上のたんこぶがなくなって、居心地がよくなったので、やがて会に復帰するだろう。
リーダー格の人は、私が入った頃、何かと良く面倒を見てくれて、連句についても、手を取り足を取って、教えてくれた。
こころから信頼していたし、兄のように慕ってもいた。今でも、恩人だと思っている。
なぜ、こんなことになったのか。
裏切られたという思いが消えない。
悲しく、残念であり、そのショックから立ち直るのに、一月かかった。
ホームページを二重構造にしたのも、私に反感を持つ人が、こっそり見ていることがわかったため。
それだけのためでもないが、大きな動機になったのは確かだ。
当分、グループのようなところには、身を置かず、フリーで、声をかけてもらったところだけ、参加することにした。



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