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午後から両親のところに行った。 2ヶ月以上、顔を見ていなかった。 父92歳、母89歳。井荻駅近くの、介護付きマンションで、1年前から暮らしている。 どちらも、生みの親を幼少期に亡くして、その分長生きしている。 吉祥寺で、母の好物である最中を買っていった。 父は眠っていた。起きている時間より、寝ている時間の方が、このごろは多いようだ。 母は耳が遠いが、まだしっかりしている。 体は丈夫だが、いろいろなことが、わからなくなっている父の世話をし、時々自分で食事を作っているという。 「ここの食事は、みな、柔らかくて、薄味なの」と、不満を持っている。 母の入れてくれたお茶を飲んで、2時間ほど、話し相手になった。 補聴器をしていても、大きな声を出さねばならないので、あまり込み入った話は出来ない。もっぱら、聞き役である。 夕方になり、ベランダから手を振る母に、何度か返しながら、駅に向かった。 父は、私の帰るまで、とうとう目を覚まさなかった。 我が家で暮らした3年間のことを、母は懐かしがっている。 いろいろなことがあって、2年前に、妹のところに行き、それから1年して、今のところに移った。 その間のことは、このホームページに、いずれ書くつもりだが、親子の距離について、つくづく感じた3年間だった。 連れ合いのもとの上司で、70を過ぎてから、介護付きのマンションに移った人がいる。 まだ、介護を受ける状態ではないが、いずれ、夫婦のどちらかが、人の手を借りる状態になったときのことを考えて、元気なうちに、決断したという。 そこには、高齢の親の介護をした自らの経験が、底にある。 「子どもの世話にならなくていいように」というのが、主な動機だったという。 そして、新しい住まいから、夫婦で、代わる代わる、都心に遊びに出ているそうだ。 連れ合いも、時々、その遊び相手に、かり出されている。 私も、あと10年ぐらい経ったら、同じことを考えようかと思っている。 家を処分して、夫婦二人で暮らせる介護付きマンションに移る。 なるべく都心で、デパートにも、映画館にも近いような、街中がいい。 東京生まれの私たちには、田舎の暮らしは、魅力がない。 親族も、友達も、ほとんど東京に集まっている。 今更、知らない土地で暮らすくらいなら、イギリスの田舎に行った方がいいくらいだ。 便利で、必要な施設が揃っていて、多少空気など悪くてもかまわないから、多世代の人間が集まっている方がいい。 車など無くても、タクシーのワンメーターくらいで、移動でき、駅には、10分ぐらいで行けて、病院、警察が近くにあり、しかも程々に静かなところ・・・果たして、そんな理想的な場所があるだろうか。 そんなことをまじめに考える年になったが、私には、まだ、両親を見送るという、役目が残っている。
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