沢の螢

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親子の距離
2002年09月13日(金)

午後から両親のところに行った。
2ヶ月以上、顔を見ていなかった。
父92歳、母89歳。井荻駅近くの、介護付きマンションで、1年前から暮らしている。
どちらも、生みの親を幼少期に亡くして、その分長生きしている。
吉祥寺で、母の好物である最中を買っていった。
父は眠っていた。起きている時間より、寝ている時間の方が、このごろは多いようだ。
母は耳が遠いが、まだしっかりしている。
体は丈夫だが、いろいろなことが、わからなくなっている父の世話をし、時々自分で食事を作っているという。
「ここの食事は、みな、柔らかくて、薄味なの」と、不満を持っている。
母の入れてくれたお茶を飲んで、2時間ほど、話し相手になった。
補聴器をしていても、大きな声を出さねばならないので、あまり込み入った話は出来ない。もっぱら、聞き役である。
夕方になり、ベランダから手を振る母に、何度か返しながら、駅に向かった。
父は、私の帰るまで、とうとう目を覚まさなかった。
我が家で暮らした3年間のことを、母は懐かしがっている。
いろいろなことがあって、2年前に、妹のところに行き、それから1年して、今のところに移った。
その間のことは、このホームページに、いずれ書くつもりだが、親子の距離について、つくづく感じた3年間だった。
連れ合いのもとの上司で、70を過ぎてから、介護付きのマンションに移った人がいる。
まだ、介護を受ける状態ではないが、いずれ、夫婦のどちらかが、人の手を借りる状態になったときのことを考えて、元気なうちに、決断したという。
そこには、高齢の親の介護をした自らの経験が、底にある。
「子どもの世話にならなくていいように」というのが、主な動機だったという。
そして、新しい住まいから、夫婦で、代わる代わる、都心に遊びに出ているそうだ。
連れ合いも、時々、その遊び相手に、かり出されている。
私も、あと10年ぐらい経ったら、同じことを考えようかと思っている。
家を処分して、夫婦二人で暮らせる介護付きマンションに移る。
なるべく都心で、デパートにも、映画館にも近いような、街中がいい。
東京生まれの私たちには、田舎の暮らしは、魅力がない。
親族も、友達も、ほとんど東京に集まっている。
今更、知らない土地で暮らすくらいなら、イギリスの田舎に行った方がいいくらいだ。
便利で、必要な施設が揃っていて、多少空気など悪くてもかまわないから、多世代の人間が集まっている方がいい。
車など無くても、タクシーのワンメーターくらいで、移動でき、駅には、10分ぐらいで行けて、病院、警察が近くにあり、しかも程々に静かなところ・・・果たして、そんな理想的な場所があるだろうか。
そんなことをまじめに考える年になったが、私には、まだ、両親を見送るという、役目が残っている。



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