女の世紀を旅する
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2005年01月31日(月) 歴史探訪:アレクサンドロス大王の東方遠征


歴史探訪:アレクサンドロス大王の東方遠征




オリバー=ストーン監督の映画「アレクサンダー」が2月5日からロードショーが開始される。若干20歳でマケドニア王に即位したアレクサンドロス大王(英語名アレクサンダー)がギリシアの覇権を確立した後,父王フィリポス2世の遺志を継いでペルシア討伐の東方遠征を敢行する物語であるが,この映画の見所は5〜6メートルもある長槍(サリッサ)を使用するファランクス戦術の戦闘シーンの迫力にあるのではないか。

ファランクス(重装歩兵密集隊形)と斜線陣戦法がギリシア軍の強さの要因だと言っても過言ではない。グラニコス川の戦い,イッソスの戦い,ガウガメラの戦いなどが映画でどう描かれるか,興味津々である。オリバー=ストーン監督はヴェトナム戦争を題材とした映画「プラトーン」で知られる監督だけに,戦闘場面も時代考証的にリアルに再現してくれるだろう。是非,観てみたい歴史スペクタクル映画である。

青年のアレクサンドロス大王(23歳)はペルシアを征服した後,中央アジアのソグディアナ地方やインドのインダス川流域にまで遠征するが,武将たちがこれ以上の進軍を拒絶したため,やむなくバビロンに引き返し,その地で熱病にかかり死去した。毒殺説もある。享年32歳の若さであった。



●テーベの名将エパミノンダスの斜線陣

スパルタはペロポネソス戦争で、ギリシャの覇権をアテネから奪った。
しかし、次第にテーベが勢力を強め、B.C.371年レウクトラの戦いで名将エパミノンダスの下、スパルタを破り、ギリシャに覇を唱えるに至った。このとき、エパミノンダスは、"斜線陣戦術"と呼ばれる新戦術により、圧倒的劣勢を覆してスパルタに勝利したのであった。

そして、このテーベに、3年間人質として滞在していたのが、アレクサンドロス大王の父親たるフィリッポス2世 Philippos�兇任△蝓�彼は、この三年間の滞在のうちに、エパミノンダスの戦術の真髄を学んで帰国し、マケドニア国王に即位して、後世に「マケドニアのファランクス」と呼ばれるようになる戦闘ドクトリンを作り上げた。


●マケドニアのファランクス

マケドニアのファランクスは、1個約9000人の兵力で構成されていた。
主力は、中央の約4000名の装甲歩兵で、左半分は刀で切れない厚いな装甲を装備した重装歩兵(ペゼタイロイ)、右半分が、矢を防げる程度の薄い装甲を装備した軽装歩兵(ペルタスタイ)である。

マケドニアの重装歩兵はペゼタイロイと呼ばれ、装甲が厚いだけに、防御は強いが、機動力は弱く、戦闘においては、通常、動かず防御戦闘を行った。この重装歩兵の踏ん張りが、戦闘の基盤になったのである。また、サリッサとよばれる、約5〜6mもある槍を装備しており、前から5列目までの兵士は、これを前方に構えた。


長いため、その穂先は、最前列よりもさらに前に突き出されたという。6列目以降の兵士は、サリッサを上に構えて壁となし、矢や投石を防いだ。この点、ギリシアの重装歩兵が投擲に対し無防備であったのと比べ、やはり優れていた。

重装歩兵の左には、防御に適したテッサリア重騎兵が配置された。重装歩兵の側面の防御が重要な役割であっただろう。ちなみにテッサリアとは、マケドニアの南にある地方のことである。この地方のポリスは、フォリスというポリスとその同盟市に長年苦しめられてきたが、第二次神聖戦争のクロコスの会戦でフィリッポス2世の治めるマケドニアがフォキス軍に勝利したことから、以後、マケドニアの最も忠実な同盟者となった。



軽装歩兵の右にいるのがカンパニオン騎兵[マケドニア重騎兵](ヘタイロイ)で、マケドニアの青年貴族から選抜して選ばれ、歩兵用の槍と同名の「サリッサ」と言う、これは3m弱の槍と、剣と、兜と胴着を装備していた。攻撃に強く、また機動力もあるため、決定的な瞬間に投入され、突撃して勝利を決定付ける役割を担った。

軽装歩兵は、装甲が薄いだけに、防御は弱いが、機動力が有り、比較的攻撃的な歩兵である。重装歩兵より軽い防具・重装歩兵より長い槍(約4m)に、重装歩兵より小型の盾、ペルテを装備したため、ペルタスタイと言われる。右にいるカンパニオン騎兵と共同しながら攻撃しつつ、迅速に機動するカンパニオン騎兵と機動力の弱い重装歩兵を接続する役割を担った。

また開戦当初は、投げ槍やバリスタ・投石器などを使う投擲部隊としても用いられ、敵主力を混乱させる役割も担った。

前衛には、中央に弓を主な装備とした、約1000名の軽歩兵がおり、両翼には、これまた弓を主な装備とした各々500騎の軽騎兵が配置された。いずれも装甲をつけていないため、機動力が高かった。

特に軽騎兵のほうは、急斜面や川をも移動する軽快かつ機敏な部隊であり、竜騎兵(ドラゴーン Dragoon)とも呼ばれ、偵察や不正規戦闘を行なった。また、後衛には、予備戦力として、または側面の防御として、約2000名の歩兵が配置された。独立した大きな作戦では、これを四倍にした、兵力約36000人の大ファランクスを以て行なわれた。


●フィリッポス2世のギリシア支配

マケドニアは、長くギリシャに比べ後進国であったが、フィリッポス2世のもとで、マケドニアのファランクスの導入・騎兵の増強などが行なわれ、大いに軍事力が拡張された。

そのころ、ギリシャでは、土地所有市民層が激減し、かつ力を失ったことや、それによって土地所有市民による軍の維持が困難になり、傭兵が用いられるようになったことなど、ポリス衰退の傾向が現われ始めていた。マケドニアは、その軍事力やフィリッポス2世自身の卓越した外交手腕、さらにポリスの没落により、ギリシャに勢力を伸ばすようになっていった。

B.C.339年マケドニアがアテネの同盟国ビザンチンを攻撃すると、すぐさまアテネは援軍を出し、マケドニアと敵対関係に入った。このころ、アテネでは弁論家デモステネスが反マケドニアの運動を起こしていた。
また、テーベ はマケドニア・テッサリア連合に対する脅威を感じていた。
フィリッポス2世も、テーベにマケドニア側につくよう説得しようとしたが、結局デモステネスの雄弁がテーベをアテネ側につけた。そしてB.C.338年、マケドニアとテーベ・アテネ連合は本格的に衝突した。これがカイロネイアの戦いであり、結果はマケドニアの勝利に終わった。

かくして、フィリッポス2世は、コリント同盟(ヘラス連盟ともいう)を結び、自らはその盟主に収まって、ギリシャのポリスの支配者となった。彼はポリスを尊重するため、同盟という形をとったが、いずれにせよ、実質的に、これはマケドニアによるギリシア支配の確立であった。

こんなフィリッポス2世だが、王妃オリュンピアスとの仲は悪く、初めは、その間に生まれたアレクサンドロスの為に哲学者アリストテレスを招いたりしたが、次第に二人の仲は険悪になっていった。フィリッポス2世とオリュンピアスは離婚し、その後事件があったため、息子アレクサンドロスと父フィリッポス2世とは不仲となったが、表面上の和解はなされた。その後、フィリッポス2世がマケドニア貴族パウサニウスに暗殺され、アレクサンドロスは20歳にしてマケドニア国王に即位した。


●アレクサンドロス大王の東方遠征  B.C.334年

アレクサンドロス大王(正式名はアレクサンドロス3世Alexandros�掘ヂ膕Δ慮鴇里呂里舛縫蹇璽淇佑�使用)は、上記のように父王フィリッポス2世とはわけありであったが、マケドニアのファランクスなど優れたものは受け継いだ。

アレクサンドロス大王が即位すると、ギリシャで反乱の気配が漂いだしたため、彼は素早く行動を起こし、これを鎮めた。大半は戦わずして降伏したが、テーベだけは抵抗したため、これを徹底的に破壊した。そして、B.C.334年、コリント同盟の盟主として、ペルシア戦争におけるギリシャ侵略の復讐を名目に、東方のアケメネス朝ペルシアへの遠征を開始した。

 ギリシア・マケドニアの連合軍は歩兵約3万・騎兵約5千人で、ヘレスポントス(今のダーダネルス海峡)を渡った。ペルシャ軍は、約4万人をグラニコス河畔に待機させていた。アレクサンドロスは自ら騎兵隊の先頭にたって渡河作戦を決行してペルシア軍に斬り込みをかけ、その間に味方が河を渡りペルシア軍を撃破した。これがB.C.334年のグラニコス川の戦いである。翌年B.C.333年、シリアのイッソスの戦いでペルシア王ダレイオス3世が直接率いるペルシア軍を破った。このとき、ダレイオス3世は、危機が迫り、敗北の気配を感じると、部下の部隊、母親・王妃・2人の王女らを戦場に置き去りにして逃走した。


●シリアとエジプト遠征

アレクサンドロス大王は、ここからアケメネス朝の中枢を攻めるのではなく、シリア方面に進軍した。シリアには、ギリシャ人と海上貿易を競い、ペルシア艦隊の主力を担う存在であるフェニキア人の拠点ティルスがあった。アレキサンドロス大王の軍は東地中海を通る海上に補給線をおいており、征服を続けるにはこれを安全にせねばならず、制海権を握るフェニキア人を屈服させる必要があったのである。ティルスは、はじめはアレクサンドロス大王に敵対するつもりは無かった。

しかし、ティルスはカルタゴを建設した母市であり、その援助が期待できたため、また、ティルス城砦が難攻不落を誇っていたため、アレクサンドロス大王に屈服するつもりもなかったのである。

ティルス城砦は、約50mの城壁と約80隻の海軍を擁し、陸から約800m離れたところにつくられた、まさに難攻不落の城砦だった。ティルスは、その自信から、アレクサンドロス大王の城砦入りを拒否した。是に於いて、アレクサンドロスとティルスは、戦うことになったのである。

しかし、戦うにしても、アレクサンドロス大王は、有力な海軍と城壁の前に、簡単に城砦に兵を送ることができなかった。そこで、アレクサンドロス大王は、攻城に向かない騎兵と縦走歩兵を副将パルメニオンに託し、ダレイオス3世の反撃を警戒させ、残りの兵で突堤を城砦まで築きあげることにした。当然ながらフェニキア人の抵抗は極めて激しく、工事は何度も中断された。アレクサンドロス大王は攻城塔を使って城砦からの投擲に対抗したが、ティルスは爆弾船を作って突撃させ、攻城塔を破壊するなどして抵抗した。

だが、転機は訪れた。アレクサンドロス大王の下に、シドン・キプロス・ロードスなどから来た、旧ペルシア艦隊約200の援軍が到着したのである。三度の戦いの後、マケドニア艦隊は、ついにティルス艦隊を封じ込めることに成功した。行動の自由を得たマケドニア軍は突堤と海上からの二方面から攻撃を加えた。攻撃開始より7ヶ月後、マケドニアの破城鎚がティルスの城壁を破り、凄惨な市街戦の後、これを占領した。住民はすべて奴隷にされ、売却されたという。

その後、アレクサンドロス大王は、エジプトに進軍した。エジプトもペルシャ艦隊の一翼を担う存在である。ここで彼は、ペルシアからの解放者として受け入れられた。かくして、アレクサンドロス大王は東地中海の制海権を完全に掌握した。そしてここで最初のアレクサンドリア Alexandria市を建設し、奥地のアモン Amon神殿に参拝して神アモンの子、ファラオ Pharaoh(エジプトの王)の後継者であるとの神託を得たといわれている。半年の滞在の後、ふたたびダレイオス3世を討つべく進軍を開始した。最後まで抵抗したガザを2ヶ月の戦いの後、制圧し、いよいよ、両軍はガウガメラにおいて最終会戦を行なうことになる。


●最後の決戦,ガウガメラの戦い B.C.331年

ガウガメラの戦い(アルベラの戦いともいう)は、B.C.331年に起こった戦いで、事実上、アケメネス朝ペルシアの滅亡を決定付けた戦いである。
ペルシア軍騎兵約3万、歩兵約25万(100万という説もあるがいくらなんでも荒唐無稽な数値だと言える)に対し、マケドニア軍は、はっきりとはわからないが、騎兵約1万、歩兵約4万5千名ほどであったという。しかし、ペルシア軍は広大な領土から寄せ集められ、指揮系統も統一されていない烏合の衆であったのに対し、マケドニア軍は上記のとおり、非常に優秀な軍であった。

ダレイオス3世の作戦は、大鎌つきの戦車で、ファランクス(重装歩兵密集隊)をつぶし、両翼の騎兵でこれを包囲殲滅するというものであった。彼は、イッソスの戦いより、アレクサンドロス大王に恐怖心を抱いていた。また、マケドニア軍が少数であることから、夜襲をかけてくると予想し、アレクサンドロス大王に対する恐怖心もあいまって、全軍を会戦前夜に完全装備で一晩中待機させる行動に出た。


このため、会戦当日、ペルシア軍はすでに相当疲労していたものと予想される。事実、マケドニア軍の副将パルメニオンは、夜襲するようアレクサンドロス大王に勧めていたが、アレクサンドロス大王は「私は勝利を盗まない。」と言ってその策を退けたのである。彼は、イッソスにおいてダレイオス3世が全てを捨てて逃げたことを覚えていた。それゆえ、騎兵隊で、彼を直撃すれば勝てると思ったのであろう。しかし、この例は奇襲に対する対応の難しさを示していると思われる。

奇襲に対する備えは、これを取らねば、必ず油断したときに奇襲され、敗北を招いてしてしまうが、かといって部下部隊を常に警戒状態に置いておくと、疲労し、次第に油断が出てくる。やはり中庸の道を取るしかないのだが、それを行なうのは、難しい。ここでこれを補うために、情報が重要になってくるのである。

開戦当初、マケドニア軍右翼がペルシア軍左翼に攻勢に出た。そこでダレイオス3世は、逆に左翼前衛部隊にマケドニア軍右翼を包囲するよう指令した。しかし、マケドニア軍右翼がそれを追い返した。つぎにダレイオス3世は、用意していた大鎌つき戦車65両の戦車隊にマケドニア軍中央への突撃を指令した。


マケドニア軍はこれと距離を取りつつ投げ槍で攻撃し、このほとんどを討ち取った。わずかに残った戦車の攻撃も、歩兵が素早く散開したため、空振りに終わり、その戦車も戦列の後ろにいた兵士たちに討ち取られた。この作戦の失敗は、ダレイオス3世を動揺させた。古来、全滅まで戦う軍は珍しい。それ故、テルモピレーにおける、レオニダス王以下のスパルタ兵数千人の壮絶な戦死が、後世の語り草となっているのである。

すなわち、勝利は多く、退却によってもたらされるということである。そして、退却は司令官の敗北の確信によって起こる。故に、「愚将は物質を破壊し、名将は精神を破壊する。」ということになるのである。この例は、期せずして動揺させたものだが、これが勝敗に与えた影響は小さくあるまい。

さて、ペルシア軍左翼は、マケドニア軍右翼を包囲する為に突出してしまい、中央との間に間隙ができてしまった。その間隙に、アレクサンドロス大王を先頭に、その率いる騎兵隊、続いて歩兵隊が、そこへ突入、ダレイオス3世を直撃すべく、その近衛騎兵隊に猛攻をかけた。

すると、戦闘によって巻き起こる戦塵により、視界は5mほどまでになった。もとよりアレクサンドロス大王に恐怖心を抱いていたこともあり、また、作戦失敗による動揺もあり、ダレイオス3世は恐慌に襲われ、部下の部隊を残したまま逃走しはじめた。事実上、ここが勝敗の決定点となった。アレクサンドロス大王はダレイオス3世の追撃を開始した。

しかし、このためにマケドニア軍右翼は突出しすぎ、その間隙にペルシア軍騎兵が侵入した。侵入したペルシア騎兵は、マケドニア軍の野営陣地を攻撃するが、これは守備隊が持ちこたえた。ところが、このうちに副将パルメニオン率いるマケドニア軍左翼が、ペルシア軍右翼に半包囲されて危機に陥り、アレクサンドロス大王に援軍を要請した。

バクトリア州サトラップ(アケメネス朝の地方長官)で、ペルシア軍右翼を守るるベッソスは、ダレイオス3世が必死に逃走しようとするのを見て、退却を決意し、そのうち、他の部隊にもダレイオス3世逃走の報が伝わり、ペルシア軍全軍が退却を開始した。ダレイオス3世を追撃していたアレクサンドロス大王であったが、パルメニオン危機の報を聞いたか、それとも夕暮れによるものか、急ぎ本隊への合流を目指した。


その途中、退却を図るペルシア軍部隊と、今回の会戦で最も熾烈な戦闘が起こった。パルメニオン率いるマケドニア軍左翼は、防御戦闘に適したテッサリア騎兵の働きにより、ペルシア軍退却まで、何とか持ちこたえ、退却後のペルシア軍陣地を占領した。アレクサンドロス大王は、勝利を確認すると、ダレイオス3世追撃に向かったと言う。


2005年01月17日(月) 地球大進化(2)

続き



【4】大量絶滅 巨大噴火が哺乳類を生んだ

地球生命史には「大量絶滅」と呼ばれる事件が計5回起きている。その当時の生物のほとんどが同時期に死滅した出来事である。



●P/T境界事変

 なかでも最大のものが、実に95%もの生物種が死滅した2億5千万年前、古生代ペルム紀末に起きた大量絶滅事件だ。P/T境界事変と呼ばれている。この事件で大きな被害を受けたのは、当時地球を支配していた私たちの直系の祖先、哺乳類型爬虫類だった。哺乳類型爬虫類はその後、一部が哺乳類へと進化したグループで、のちに恐竜を生みだした爬虫類(双弓類)と区別される。この時代は、恐竜祖先を私たちの祖先が圧倒していたのだ。その繁栄の時代に終わりを告げたのが、P/T境界事変だったのである



●史上最大級の火山噴火

 ペルム紀末の大量絶滅の原因はまだ一致した説はないが、最近になって注目を集めているのが、スーパープルームによる史上最大級の火山噴火だったとする説だ。スーパープルームとは、核から地表に向かう巨大なマントルの上昇流のことだ。今からおよそ3億年前、それまでバラバラだった大陸が、全て一箇所に集まり、パンゲアと呼ばれる超大陸を形成した。その周囲には、現在の日本付近のような深い海溝がぐるりと取り囲んでいた。海溝からは、海洋プレートを形成していた岩石がゆっくりと沈み込んでいくが、それがある時、一斉に地球の核へ向かって落ち込みはじめた。その反動として上昇流=スーパープルームが起きた可能性が指摘されているのである。


●大噴火の跡

 スーパープルームが地表に達すると、大規模な火山噴火を引き起こす。このときの大噴火の跡が、シベリア洪水玄武岩という名で知られる膨大な溶岩の塊である。西シベリアから中央シベリア高原にまで、同時期の溶岩が広く分布しているのだ。



●温暖化

 シベリアの大地を引き裂いた巨大噴火は次々と連鎖反応を生み出した。大噴火によって大気中の二酸化炭素が増加し、温暖化が起きた。温暖化は海水温の上昇を促し、その結果、大陸棚周辺部を中心に海底に分布しているメタンハイドレートが融解されて、大気中に膨大なメタンガスをもたらすことになった。放出されたメタンガスはその強力な温室効果で、さらに地球を温めていく。いわばこうした悪循環の連鎖反応の結果、当時の地球は過去6億年でもっとも温暖化が進み、同時に低酸素状態に陥ったというのである。



●低酸素

 植物が壊滅的な打撃を受けたこと、大気中に放出されたメタンが酸素を消費したことが相まって、この低酸素状態は長期間にわたって続くことになった。それまで30%以上あった酸素濃度がおよそ1億年近くも10%前半に落ち込んだのだ。



●低酸素環境に適応した爬虫類 恐竜の君臨

 この大量絶滅事件を辛うじて生き延びた哺乳類の祖先と爬虫類の祖先は、ともに低酸素環境への適応を迫られた。優れた適応を果たし地球に君臨することになったのは爬虫類、つまり恐竜であるという。やがては鳥に継承される特殊な呼吸器官「気嚢システム」を作り上げて、低酸素のなかでも高い活動能力を維持することに成功したとする説が最近発表され、大きな注目を集めているのだ。
   


●哺乳類の祖先の誕生

 一方、もともと酸素濃度が高い環境で誕生した哺乳類の祖先も改革を強いられた。その多くが、次世代を確実に育てるための生育システムに関わっている。胎生で子どもを生む、母乳で育てる。こうした哺乳類独特の生育システムは、実は低酸素対策から生まれた可能性があるという。胎生のほうが卵生よりも、多量の酸素を確実に胎児に届けられるという側面がある。授乳をする基本的な体勢は、母親が横たわって身体をねじるという姿勢だが、こうした姿勢ができるのは、横隔膜ができたことに伴って肋骨の下半分がなくなったことが大きく寄与している。横隔膜は哺乳類が呼吸効率の改善のために進化させたシステムである。次世代へのリレーを確実にすることで、哺乳類は未来を切り開いていったのである。




【5】大陸大分裂 目に秘められた物語

 恐竜絶滅後、私たちの哺乳類の時代がはじまったとよくいう。しかし、それは当然の結果というわけではない。私たち哺乳類の祖先は強敵との戦いを余儀なくされた。それは鳥、である。恐竜のいなくなった地上を広く支配したのは、空から舞い降りた鳥だった 。


●巨鳥ディアトリマの君臨

一部の鳥は飛ぶことを止め、巨大化し、肉食鳥として君臨するようになったのだ。特に北米からヨーロッパに君臨していた巨鳥はディアトリマと呼ばれ、私たち霊長類の直系祖先にとって恐ろしい天敵だったと考えられている。哺乳類祖先は恐竜絶滅後も、天敵に繁栄を抑えられる宿命にあったのである。


●哺乳類の巨大化

ところが、当時から現代は、地球史上もっとも大陸が四散している時代だった。この大陸大分裂が哺乳類進化のニッチ(すきま)を生み出した。唯一、巨大鳥のいなかったアジアで食肉獣(ネコ科ほか)は進化して巨大化していくことができた。


●哺乳類の時代の幕開け

温暖化によって北米とアジアが陸移動できるようになったとき、巨大化を果たした食肉獣は巨大鳥と十分に対抗できるようになっていたのだ。アジアで進化した肉食獣ハイエノドントが北米に渡り、ディアトリマを滅ぼした。このときから、哺乳類の時代が本格的に幕を開けたのである。


●霊長類の進化

一方、私たち人類の直系祖先である霊長類はどうであったのか。じつは私たちの直接の祖先=霊長類は北米出身。巨大鳥との熾烈な戦いを避け、立体視の進化を武器に樹上に活路を見出していた。
ところが、新生代の初期は急激な温暖化が起きた。そのおかげで森林が巨大化。木から木へと移動ができるようになったことで、危険な地上に降りる必要のなくなった霊長類は一大繁栄の時代を迎えることになる。


●全盛時代の終わり

しかし、この全盛時代ははかなく終わりを告げる。温暖化していた気候が一転して寒冷化をはじめたのだ。その原因は、南極大陸だ。南極大陸が南米やオーストラリアと分離して、孤立した大陸となった。その影響で赤道からの暖流が遮断され、急速に寒冷化、氷の大陸へと変貌していったのである。その影響は世界中に及んだ。世界中に広がっていた熱帯雨林は縮小し、森で暮らしていた霊長類の多くが住処を失って絶滅を余儀なくされた。


●視細胞フォベアの獲得

そこで、一部の霊長類(真猿類)は目を進化させた。それは「フォベアによる高い視力」の獲得だ。フォベアとは、網膜のなかで視細胞が集中しているところ。フォベアがあると、視界の中心付近は格段によく見えるようになる。研究者は、寒冷化のエサ不足のなか、このフォビアを獲得した霊長類は高い視力によってエサを効率的に見つけることで、厳しい生存競争を生き抜いたのではないかと考えている。
   


●目の進化が豊かな表情をつくる

こうした目の進化はその後、思わぬ進化を私たちにもたらした。それは「豊かな表情」という進化だ。フォベアを持つサルの仲間、真猿類は動物のなかでも「表情が豊かである」という共通点がある。ゴリラしかり、チンパンジーしかり、そして人類ももちろんそうである。そうした豊かな表情が進化した理由は、明白だ。高い視力によってお互いの表情を見分けるようになったことだ。

 真猿類は、表情を介するコミュニケーションを構築しはじめたのだ。それは社会を構築する第一歩になった。サルの群れは個体を認識することで役割分担を積極的に推し進め、“ともに生きる”社会へと歩みはじめたのである。立体視・高い視力・社会の形成。目の進化には、霊長類進化の道筋が隠されているのである。




【6】ヒト果てしなき冒険者

荒ぶる星・地球。その繰り返される大変動に対し、生命の採った戦略とは多様性である。次々と多様な種を分化させることで、地球の激しい環境変動に対抗してきたのだ 。

●20種のヒト祖先の登場と絶滅

それは、私たち人類の祖先も例外ではなかった。猿人から現代人まで、ほぼ一種の祖先が進化してきたと思われていた人類も、多様な種を生み出していたのである。同じ時代・同じ場所に複数の種が併存していたことも、決して珍しくなかった。研究者によっては、チンパンジーの共通祖先と分かれて以来、ホモ・サピエンスまで、20種ものヒト祖先が登場しては絶滅したと考えている。私たちヒトも環境変動に対し、多くの種を生み出しては、そのうちのたった一つの種が生き残るというプロセスを繰り返していたのだ。


●二種のヒト祖先が残る

もっとも顕著な違いのあった二種のヒト祖先が併存していたのは、およそ200万年前のころになる。ホモ・エルガステルとパラントロプス・ロブトスと呼ばれる二種類のヒト祖先だった。長身でスラリとした体型のホモ・エルガステルに対し、パラントロプス・ロブトスは丸顔でずんぐりした体型をしていた。こうした両者の違いは、いったい何が生み出したのか。じつは、主食としていた食糧の差である。


●両者の分化

もともとヒト祖先は樹木生活者であり、主食は果実だった。ところが、アフリカで乾燥化が進んで熱帯雨林が減少した。その背景には、大陸衝突によるヒマラヤの形成と、地下のマントルプルームによるアフリカ地溝帯の形成がある。この二つの大変動のために、アフリカ内部は乾季と雨季のはっきりしたモンスーン気候が発達したのだ。熱帯雨林がモザイク上に残る環境変化のため、ヒト祖先は草原に進出してほかの食糧で補うことを余儀なくされた。そのとき補った食糧の違いが両者を分化させたのだ。ホモ・エルガステルが肉食を本格化させて補ったのに対し、パラントロプス・ロブトスは植物の地下茎・根っこを主食にしていったのだ。


●肉食のホモ・エルガステル

いまだ石器などの技術が未熟だったホモ・エルガステルなど初期のホモ属の肉食は主に死体あさりだったと考えられている。肉食哺乳類の残した死体をみつけ、骨についた肉の残りや骨のなかの髄を食糧としていたのだ。じつはこうした肉食がその後の人類に脳の巨大化という思いがけない進化をもたらすことになる。


●肉食と脳の巨大化

人類の脳が巨大化した理由はまだ分かっていない。しかし、肉という高カロリーな食糧が脳の巨大化を支えたのは間違いない。脳は全体重の2%の重さしかないが、20%ものエネルギーを消費するやっかいな臓器なのだ。その後、肉食を本格化させていった祖先は脳をどんどん巨大化させていくことになる。ホモ・サピエンスにいたって、その大きさは1400mlにもなった。

しかし、脳の単純な大きさだけがホモ・サピエンスの特徴というわけではない。じつはホモ・サピエンス(クロマニョン人など)に先立ってアフリカで生まれ、3万年前に絶滅したネアンデルタール人(アフリカからヨーロッパへ進出。30万年前から3万年前にかけて活躍したが絶滅。埋葬の風習を残したことは有名。)も脳容量は同じ1400mlだったのだ。この両者の差とは何であったのか。


●言葉=第二の遺伝子がホモ=サピエンスを飛躍的に進化させた

さまざまな研究から浮かび上がってきているのは、言語能力の差である。声帯の位置と気道の長さの違いから、ネアンデルタール人はホモ・サピエンスほど流ちょうに言葉を扱えなかったという説が注目されている。言葉とは、“第二の遺伝子”ともいうべき存在だ。言葉を操ってコミュニケーションをとることで、ヒトは経験や知識を次世代に伝え、より効率的に食料を確保できるようになった。つまり、私たちは遺伝子の突然変異という方法によらず、確実に進化する手段を手に入れたのである。この差が、ネアンデルタール人を絶滅に、そして私たちを繁栄に導いた可能性が高いのである。


【7】そして未来へ


 栄え過ぎて進化を忘れたものには絶滅が待っている。これが進化の理(ことわり)である。現在の地球で人類はもっとも栄えている,栄え過ぎている。地球に住む人は63億を越え,人口爆発が続いている。

 しかも文明社会の中でなに不自由ない生活に安住している今,人類にはもはや遺伝子による劇的な変化は起こらないだろうとも言われている。今の人類は進化を忘れたかつての海の王者,バンピルイ(巨大魚)と同じ運命をたどるのかもしれない。

 人類は言葉を操ることによって,この先に地球を襲う変動を予測することが出来るところまで来た。

 今,地球上の大陸は徐々に一つに集まろうとしている。およそ2億年後には再び超大陸が誕生すると考えられている。その時,超大陸を割るようにスーパープルームの突き上げがあるかもしれない。恐竜を絶滅させた規模の隕石衝突は数千万年に1度起こると推定されている。恐竜の絶滅から6500万年経った今,いつまた巨大隕石が人類を襲うかも知れない。

 しかし,天と地からの大変動を待たずしても実は地球は大変動の真っただ中にある。毎年,人類は200億トン以上の二酸化炭素を排出している。これは2億5000万年前のスーパープルームによる二酸化炭素排出ペースの300倍以上に相当する。スーパープルームがきっかけで地球が灼熱地獄になるまでには10万年単位の年月がかかっていた。現在,人類が引き起こしている変動は生物の95%を絶滅させた事件よりはるかにペースが速い。

 バクテリアだった人類の祖先はずっと弱者の道を歩き続けた。弱者だったことが幸いして地球の変動を力に変えることが出来,40億年かかって人に進化した。そして,言葉を手に入れた時,ついに人類は地球の覇者になることを約束された。しかし,それは勝者必衰の理(ことわり)への第一歩であり,自滅への入り口だったのかもしれない。

 人類が生き残れるか否か,そのカギを握るのは人類をここまで進化させる原動力となった言葉だ。言葉を使って,自らの暴走に歯止めをかけ,言葉によって共に協力しあう。言葉という諸刃(もろは)の剣,その使い方いかんに人類の未来がかかっている。


2005年01月16日(日) 地球大進化(1)


《地球大進化》NHK特番




12月末のNHKテレビ特番「地球大進化」は最新の学説を織り込み,大変興味をそそる衝撃的な内容であった。地球46億年の歴史をわかりやすく,そしてその生成発展のプロセスと,地球と生命と人類の進化の壮大な過程を映像つきで科学的に検証している。人類の生命の進化はまさに奇跡に近いものだったことが理解できた。その衝撃的な内容の数々に驚かされた。人類文明5000年の繁栄も地球46億年のほんの刹那にすぎない。あと数万年後には地球文明も滅亡している可能性が高いことも,この番組は示唆していたが,説得力が感じられる。それにしても数十億年に及ぶ地球の進化,人類の進化の過程がここまで判明したことに,尽きぬ興味を覚えさせられた。


自分という人間がこの地上に生まれ,人間として生きているということ自体が奇跡の上に成り立っていたことを痛感する。太古の時代からの原始生命の連鎖の果てに,自分という一個の生命が出現していることに驚嘆の念をおぼえざるをえない。

以下は,その番組内容の概略である。






【1】 生命の星 大衝突からの出発

 最新研究から地球は誕生(46億年前)そのものから大変動を繰り返して生まれた星であることがわかってきた。もともと現在の十分の一しかなかった原始地球は、火星大の原始惑星との衝突を繰り返して巨大化した星だったのだ。



●原始地球

 こうした新しい地球の成長モデルは、東京工業大学の井田茂助教授と国立天文台の小久保英一郎助手を中心とする研究グループが発表したものである。月形成のモデルとして注目されている「ジャイアント・インパクト」説をさらに発展させた説ということもできる。
 この説によれば、地球の大きさはある程度、偶然で決まったということになる。小久保助手は「地球が現在の半分だったり、倍以上だったりした可能性は十分にある」と言う。


●生命の星

 ところが、この大きさが「生命の星」の運命を大きく左右する重要な要素なのである。それを逆説的に教えてくれるのが、火星である。火星は衝突を経験しなかった原始惑星の生き残りと考えられている。重さが地球の十分の一である火星は現在、海も大気もほぼ失った状態である。大気を失った過程はまだ明らかになっていないが、重力が小さかったことがもっとも根本的な原因であると指摘されている。
それに対し、巨大化した地球は、大気を長く保つようになり、いまもなお「生命の星」としての条件を保っている。


●隕石重爆撃期

 しかし、その反面、巨大隕石を何度も引き寄せる「隕石重爆撃期」を生み出すことになった。その最大のものは直径400キロ。それほどの巨大隕石が衝突すると、衝突熱のために岩石そのものが蒸発して蒸気となり、地球全体を長期間覆うことになる。この岩石蒸気の温度はじつに数千度。その熱のために一ヶ月後には、すべての海洋が蒸発してしまった。これが40億年前に起きたと考えられている「全海洋蒸発事変」という大変動である。(今回は、海外の研究者のほか、東京大学の杉田精司助教授の多大な協力のもと、その映像化にチャレンジした。)



●究極の祖先=原始生命の誕生

 その当時、海には私たちの究極の祖先=原始生命がすでに誕生していたと考えられている。では、どうやって原始生命は“ふるさと”である海がすっかりなくなるという未曾有の危機をくぐり抜けたのか。その鍵は地下だ。海底から1キロより深い地下では、岩石蒸気に覆われているあいだも、一定量の水が残っていた。そこが地球上で唯一、生命が存在できる環境だったのだ。私たちの祖先はいったん地下深くに進出し、そこで生き延び、さらに海が復活したのちに海へと再進出した一群のなかに含まれていたのである。

 こうした大変動は誕生直後だけのことではない。じつは地球はその後も苛酷な変動を繰り返した星であり、そこに生きる生命は、地球変動による度重なる絶滅の危機をくぐり抜けなくてはならなかった。そうした大変動をくぐり抜けるたびに、生命は私たちへの進化の階段を上がったともいえる。地球の環境変動に対抗するべく、生命が40億年に渡ってあみ出し続けた新たな機能の果てに、私たち人間があるのだ。その意味で、地球変動は、私たちを生んだ原動力なのである。



【2】 全球凍結

 40億年の生命の歴史のなかで、80%以上の時間、つまり、およそ6億年前まで、私たちの祖先は微生物のままだった。
生命にとって「大きくなる」というのは、想像を絶するほどに難しかったのだ。では、大きくなったきっかけは何だったのか。長い間、大きな謎とされてきた。


●スノーボール仮説

 その謎に迫る仮説が「全球凍結」仮説、別名「スノーボール仮説」である。22億年前と6億年前の二回、地球は海も陸もすべてが凍りついたとする仮説だ。この異変は、地球全体の食物連鎖を破壊し、すべての生命を絶滅寸前にまで追い詰めたとされている。


●史上初,最大の環境汚染

 原因はまだよく分かっていないが、生命自身の関与の可能性が指摘されている。22億年前の全球凍結に関しては、光合成の開始が酸素を生み出し、大気中の温室効果ガス・メタンを激減させた。そのために寒冷化したという説があり、6億年前には、メタンと酸素のバランス変化に原因の一端があるとする考えがあるのだ。
そのほかの要因も重なっている可能性もあるが、私たち生命自身の関与が大きいとすれば、全球凍結は、史上初・最大の環境汚染ということもでき、強烈な地球からのしっぺ返しということもできる。

●光合成の停止・生命の死滅

 6億年前の段階でも生命はほとんどが海にいた微生物だった。全球凍結仮説の提唱者の一人、ハーバード大学のホフマン博士は、海は1000メートル以上凍ったと考えている。その深さまで太陽光は届かないから、光合成は停止し、大多数の生命が死滅したはずだという。全球凍結状態は氷のアルベド効果のため、数百万年以上は続く。


●生命史上もっとも危機的な状況

 生命、特に光合成生物はどこで生き延びたのか。候補のひとつとして考えられているのが、地熱地帯だ。海底火山の火口付近では、ぽっかりと氷に穴が開いていて、そこで生き延びたというわけだ。いずれにせよ、生命史上もっとも危機的な状況だったとする研究者もいるほどの異変だったのである。


●生物の巨大化

 ところが、この危機こそ、長い進化の停滞を打ち破るきっかけになった可能性が浮かび上がっている。提唱者は、カリフォルニア工科大学のカーシュビンク博士だ。博士によれば、全球凍結の終わり方にその秘密があるという。

 海面が凍結したことで、本来は海にとけ込むはずの火山ガス中の二酸化炭素が大気に蓄積され、ゆっくりとした温暖化がはじまったのだ。平均気温摂氏50度を超えたとき、全球融解が突如としてはじまった。一転して出現した高熱地球は光合成細菌の大繁殖を生み出し、酸素濃度を激増させた。つまり、全球凍結は「酸素ポンプ」ともいうべき役割を果たしたのだ。


●史上初の大型多細胞生物

 22億年前の全球凍結後には、真核生物が出現した。サイズは10倍にもなったわけだ。6億年前の全球凍結後には、史上初めての大型多細胞生物といわれるエディアカラ生物群集が誕生した。このときは酸素増加によってコラーゲンの大量生産がはじまったではないかと考えられている。コラーゲンというタンパク質はいわば細胞の接着剤のような役割を果たしている。このコラーゲンの大量生産によってさらなる大型化が実現したのだ。

 こうして,全球凍結という大変動を経て、生物は初めて人間への進化を始めたといえるのである。




【3】大海からの離脱 そして手が生まれた

 地球内部のマントルは岩石で構成されているが、長い時間で見ると、ゆっくりとした熱対流をしている。その対流が原動力となって、地球表面の大陸は絶えず移動をしている。


●大陸移動と生命進化

 この大陸移動は生命進化に大きな影響を及ぼしている。 35億年以上、海のなかにとどまっていた私たちの祖先がついに上陸を果たすのも、そうした大陸移動という変動が背景にある。
 脊椎動物の上陸は、4億年前から3億5500万年前にかけて起こった出来事である。当時は、赤道付近にあった3つの大陸が次々とぶつかり、巨大大陸ローラシアが形成されていった時代である。もともと生命が多く生存できるのは、大陸周辺の浅い海に限られる。太陽光が差し込み、活発に光合成が行われるためだ。


●巨大大陸ローラシアの成立

ところが、大陸が一つに集まると、この浅い海が減ってしまう。そのため、生存競争が激化することになる。ローラシア大陸形成時には、板皮類という魚の種が生存競争を勝ち抜き、支配者にのしあがった。
 弱者の立場にあった私たちの祖先=硬骨魚は浅い海を諦め、別世界を目指す道を選択した。その別世界こそ、巨大山脈の麓に成立した淡水世界だった。


●淡水世界の成立

 大陸移動は浅い海を奪う一方、巨大山脈を形成した。大陸移動は大陸同士の衝突後もつづく。衝突現場は両側から押されて次第に盛り上がっていき、巨大な山脈へと成長をはじめるのだ。巨大な山脈の誕生は、雲の流れをさえぎり、その斜面に大量の雨が降るようになる。この雨が集まり、ふもとへと流れる河へと成長する。その結果、大陸の内部に巨大な河という新たな淡水の世界が誕生する。

 当時、形成された山脈はカレドニア山脈と呼ばれている。私たちの祖先ユーステノプテロンと呼ばれる魚はこのカレドニア山脈の周辺にできた淡水域に進出したのである。


●地球最初の木

 その進出を支えたのは、地球最初の木アーキオプテリスだった。高さは最大20メートル。ありあまる空間と太陽光を独占し、3億7千万年前の地球に大繁栄した植物だ。アーキオプテリスは直射日光をさえぎり、土壌を安定させるなど、淡水世界の激しい変動を緩和させる役割を果たした。さらに、重要な栄養の供給源ともなった。水中に落ちた大量の葉が分解され、その養分が祖先たちの貴重なエサになったのである。


●肺の獲得

 しかし、淡水域は水量の変動が大きい。水の少ない時期には、大量の葉の分解によって、水中の酸素が不足することになる。その環境で生き抜くために、多くの魚が肺を進化させた。ユーステノプテロンも肺を持っていたと考えられている。
   

●手の獲得

 では、私たちはいつ手を持ったのか。
それはユーステノプテロンにつづく祖先、アカンソステガである。肺を持った魚たちが多様な進化をはじめ、淡水域でも生存競争が次第に厳しくなった。なかには大型化で生き延びようとする種もあらわれ、5メートルを超える巨大な肉食魚も誕生した。
 一方、私たちの祖先は手を進化させる道を選んだ。あえて多くの枝が堆積する劣悪な環境に逃げ込むことで生存をはかったのだ。そうした環境では、早く泳ぐ必要はない。枝を掻き分けて移動するほうが適している。そうした必要から、前ひれから手(前肢)の進化がはじまったと考えられるのだ。そして、その進化が上陸への決め手になったのである。


2005年01月05日(水) 株名人の推奨お年玉銘柄

《株名人の推奨お年玉銘柄》






今年も1〜5月上旬の株価上昇を予想する証券アナリストが多いようだ。

ここ14年間を平均すれば、大変興味深いことに東証の株価チャートは12月下旬に底値を付け、5月上旬に高値をつけるパターンになっている。昨年もゴールデンウィーク明けから株価が軟調になったが、それはいつものパターンだったということ。そして年末に上昇を開始したのも、これまたいつものパターンだったということである。この規則性を覚えておきたい。
それゆえ,今年も1〜3月は外人買い期待から上昇が見込まれ,年前半が勝負となろう。

この年間のチャート・パターンを知っていたヘッジファンドが、去年も6月に売り仕掛け、12月に買いし掛けを行っている。

12月下旬で日経平均を買って5月上旬に売りをするだけで、年間14%(12月-5月で4%の上昇、5月-12月で10%の下落)ほどの利益を14年間通算で得ることができたということになる。

ところで,今年の東証ダウの高値は,13000〜14000円ぐらいを予想するアナリストが多いが,はたしてどうか。



以下は夕刊フジに記載された名人たち(木戸次郎,菅下清広,若林史江)の推奨お年玉銘柄であり,興味をそそる内容なので下記に記載しておきたい。    


★私自身は,菅下清広氏の推奨するサイバード(4823 ジャスダック)に注目しており,目配りが欠かせない。1月4日の大発会の終値190000円。1株単位。
半年間大幅に下降を続けた新興市場が狙い目で,1〜3月に反騰する確率は高いと予測している。しかし,銘柄選びに失敗しないようにしたい。






《 カリスマ3人の2005年の暴騰銘柄の予測 》 ZAKZAK 2005/01/04

 2005年の株式市場が4日、大発会でスタート。昨年の平均株価は1万1000円前後のもみ合いに終始したが、今年は酉(とり)年らしく大空を飛翔できるのか。そこで、夕刊フジがマーケットのカリスマ3人に今年の相場テーマと“お年玉”銘柄を予測してもらったところ、「平均株価は2万円まで上昇する」と、景気のいいご託宣が飛び出した。



●【2万円台も突破】


 「希望的観測も入っているが、年内に2万円があるとみる」。こう言い切るのは、夕刊フジで『不死鳥投資術』を連載中の木戸次郎氏。


 「10年後、世界経済のリード役は中国だろうが、中国の緊密なパートナーとなるのが日本と外国人投資家はみている。懸念材料は多いが、財政危機は消費税アップで回避できると分析している。2007年までに外資の超高級ホテルのオープンラッシュとなるが、日本が中国を視野に入れた前線基地になると考えているからだ。銀座にも世界のブランドが集結している。外資マネーの日本買いは止まらない」


 木戸氏はベストセラーとなった『修羅場のマネー哲学』(幻冬舎)などの著者で、1億5000万円の借金を株で返した伝説の男。週刊誌や本紙で推奨した銘柄が爆騰することが多く、兜町では今、「木戸銘柄」が最も注目されている。


●【カジノ銘柄】


 その木戸氏は今年の相場テーマの一つとして「カジノ」を挙げる。


 カジノ法案は与野党が足並みを揃え、超党派で立法化に向け、動いている。米国のカジノ市場は56兆円規模とされ、法案が成立すれば日本のレジャー産業が一変するのは間違いない。すでに外資系証券はカジノ関連銘柄の物色を始めている。


 木戸氏が注目するのはセガサミーホールディングス〈6460、東証1部〉。同社は、パチスロ「北斗の拳」が史上空前の大ヒットを続けるサミーと、ゲームソフトのセガを傘下に収めている持ち株会社。


 「一大アミューズメント施設を日本、中国でつくる構想をもっているようだ」(木戸氏)


●【M&A銘柄】


 木戸氏がもう一つ注目するのがM&A関連だ。


 06年には商法改正によって外国企業が株式交換で日本企業を買収できるようになる見通し。昨年、藤沢薬品工業と山之内製薬が経営統合を発表した際、両社首脳は「単独では外資に飲み込まれる恐れがある」と話していたが、日本の経営者の本音をストレートに表現した発言だろう。


 「日本の中堅企業は時価総額2000〜3000億円。一方、世界の大手は20〜30兆円もある。外国企業が日本企業を買収しようとすると、わずか1%の株式で買えてしまう」(同)


 推奨銘柄には、オカダアイヨン〈6294、大証2部〉、岩崎電気〈6924、東証1部〉、電業社機械製作所〈6365、東証2部〉を挙げる。


 木戸氏は会社四季報などで株主欄をチェックすることをアドバイスする。


 例えば、「BONYフォー・ゴールドマンサックス・Int’l」「バンク・オブ・バミューダ」「モルガン・スタンレー・アンド・カンパニー」などの名前が大株主として登場しているが、これらは内外のM&Aファンドを率いる「タワー投資顧問」や「スパークス・アセット・マネジメント投信」、ソトーへのTOBなどで一躍有名になった「スティール・パートナーズ」などの“別名”だという。


●【“遊”銘柄】


 “大手町の先読み名人”の異名を取る国際金融コンサルタントの菅下清広氏は今年の相場テーマを「デジタルとエンターテインメントの融合、つまりデジタル+エンターテインメント=ユビキタス社会の進行」とみる。


 「当分、経済動乱の時代が続き、社会の混迷の中で、人々は“遊”指向を強める。昨年の新潟中越大地震やインドネシア・スマトラ沖大地震・大津波のような大災害も起き、人々の心理が一層、内向きになる。そのため、インターネット、ケータイコンテンツを媒体としたアミューズメント、エンターテインメントビジネスがデジタル化の波に乗って飛躍的に拡大することが予想される」


 銘柄は次の5つだ。


 サイバード〈4823、ジャスダック〉、エキサイト〈3754、ジャスダック〉、GDH〈3755、東証マザーズ〉、ダイキサウンド〈3350、ジャスダック〉、オリコン〈4800、大証ヘラクレス〉


●【金融銘柄】


 兜町のマドンナとして人気沸騰中の若林史江さんは「1銘柄で1000万円以上の利益を出したこともある」といい、著書『株が好き♪』(アスぺクト)も6万部以上の売れ行きだ。


 美人トレーダーの相場テーマは「銀行、証券株の復活」と「売られすぎたIPO(新規公開)銘柄の反発」とみる。


 「過去10年間、1−3月期は外国人が大幅買い越しに動いている。特に物色の中心になるのは内需系の金融関連株」とし、注目銘柄はイー・トレード証券〈8701、ジャスダック〉、マネックス・ビーンズ・ホールディングス〈8698、東証マザーズ〉、松井証券〈8628、東証1部〉、福岡銀行〈8326、東証1部〉。


 IPO銘柄は綜合臨床薬理研究所〈2399、東証マザーズ〉。


 マドンナらしく、若返りサプリメントとしてヒット中の「コエンザイムQ10」にも注目、「目覚めがよくなり、肌がきれいになった。愛用してます」と、カネカ〈4118、東証1部〉もイチ押しだそうだ。


 さて、どの銘柄が“お年玉”になりますか。


カルメンチャキ |MAIL

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