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103 友達の魅力

今すごい眠い。夜中の3時。夜11時半から友達と二人で飲み始めて、2時半まで飲んで、今帰ってきた。
もともとここ数日あまり寝てなくて、疲れてたところを誘われたから、今はせめて泥のように眠りたいんです。でもね、その友達はその飲みで話したことを「Voice」にのせてなさい!と言うのです。しかも気持ちがフレッシュな今に。そんな〜・・・。そんな言い訳じみた前置きなんかするな!って怒られそうだけど、これが今の率直な感想。だってタイプする指の動きの遅さといったら、疲れが顕著にあらわれているんですもの。でも、まぁ書きます。う〜ん、頭がはたらかね〜。何話したっけ?
そう、これは彼が望んでいた話題と違うかもしれないけど、3時間あった話の中で、後の方に話したためよく覚えているので話します。んとね、「友達のどこが魅力的で、何を求めて友達と付き合っているのか?」という話題だったんだ。俺はね、一番大きいものとしては、その友達が俺のことを必要とし、求めてくれているか?ということなんだ。それがなくちゃやってられなくなっちゃうんだよね。いつもいつもこっちから求めているばっかりで、向こうから何もなかったらむなしくなる。自分から求めることが苦手な人はいるから、それも理解できるんだけど、いい加減親しくなって、お互いのことがよくわかってきたらそうでありたい。互いが互いを必要とし、求めているということは、どの人間関係においても大事なことだ。とりわけ友達関係として、一方的であることは難しい。その上で友達の魅力的なところは、誰もがその人といることで気持ちのいい世界観を感じさせてくれて、その人といる空間が好きで、その人といて話をするだけで自分にプラスになる、ということ。自分をもっている人間は、男であれ女であれ、とても魅力的だと思うんだわ。
俺の友達はタイプがばらばらだと、よく言われる。自分でも思う。いろんな友達がいる。いろいろなタイプの友達が、いろいろな世界を見せてくれる。そのことは俺にとってとてもプラスになる。よいことだ。
なんて話をしていたんだけど、とりあえず眠いんで寝よっと。何書いてるんだかよくわかんない・・・。
2003年09月30日(火)

102 さとうびき畑の唄

秋の特別番組『さとうきび畑の唄』を見た。見た人も多いんじゃないかな?とてもよくできた番組だった。ストーリーは、第二次世界大戦での沖縄の地上戦を描いたもの。とてもリアルだった。明石屋さんまが主人公で、その他も豪華なキャスト。現代からの回想として語られるそのストーリーは、幸せな家族の戦争による悲劇を、家族のいろいろな視点から映し出していた。想うところはたくさんある。
さんま演じるお父さんは、みんなの笑顔が大好きな写真家なんだけど、戦争という悲劇の中でも、みんなのことを笑わせようとしている。そんな姿が逆に泣けてくる。隊が隊列を組んで、森の中を歩くときも、飛行場を作るために過酷な労働に従事しているときも、みんなの悲しい顔を笑顔に変えるために笑いを誘うことを言う。「お国のため」と本当に信じて疑わない人々もいれば、そのことを批判し、白い目で見られる人もいる。どちらにしたところで戦争というのは行き場のないものだと痛感させられた。
立場というものだけでなく、実際に沖縄の地上戦のあまりの悲惨さを、痛烈に感じさせるストーリーと描写だったと思う。圧倒的な武力の差、容赦のない攻撃。だからといって後ろを向いたら上官に殺される。見ていて息がつまる思いをする場面が幾度となくあった。
最初と最後に現代のシーンがあり、その間に回想として語られるんだけど、すべて語られたあとで、現代のシーンに戻る。おばあちゃん(といっても若い。お母さん?)が孫(娘?)に語り、最後に女の子は携帯のカメラを使って、二人で写真を撮る。さんまが撮っていた笑顔の写真と同じく、幸せそうな笑顔で。戦争の最中に撮られた昭和のカメラによる笑顔と、現代に携帯のカメラで撮られる笑顔。その対比がおもしろい。
とてもよかった。是非みてほしいね。
2003年09月28日(日)

101 バイト話(人材派遣編� �

大学進学が決まってから、残りの高校生活に短期のバイトをした。人材派遣。このバイトは計10回くらいしかやっていないんだけど、そのわずかな間でいろいろとおもしろい体験ができた。その話をしよう。
初めての仕事がイベント会場の撤去作業だった。事務所のある新宿から、臨海のビッグサイトへ。どうやらここでは『世界の珍味』というイベントが催されたようだった。俺の担当となった場所はインドあたりの小さな国の出し物をやったらしく、香辛料が山のように残されていた。それもうちらが片付けなければならないということでとりかかったら、あら大変!その強烈な、今まで経験したことないような香辛料のパワーにくしゃみがとまらなくなったのだ。急いで片付けしなきゃならないもんで、その香辛料が舞うんだよ。ひとつのブースにだいたい5人くらいで片付けるんだけど、その5人みんながくしゃみがとまらなくて、もう現場は地獄絵図!!とにかく俺は人生で最初で最後の、最大のくしゃみを経験してしまった。くしゃみがとまらなくて苦しいなんて思ったのは、あれがはじめてのことだった。結局うちらのブースは大騒ぎで、他からヘルプが山ほどきてくれ、大変な思いをしてなんとかのりきった。まぁ今となっては笑いごとだね。
2003年09月27日(土)

100 祝!100回!

VOICE100回おめでとう〜!!頑張った俺!うん!うん!涙!涙!
なんて100回くらいで言っててもね〜。まぁこーゆー100というひとつの区切りを迎えられたことは素直に喜んでおこう。これまで書いてきた分を、内容は読んでないけど、さぁーっと量だけみてみると、結構あるね〜!俺もよく書いたけど、見てくれた人もよくこんなに読んでくれました。まだ読んでない人は読んでね。
読みがいのある話もあれば、いまいちうまく伝えられずに意味わかんないもんもあって、むずかしさを感じたりもしたね。伝えたいことを伝えるということにたいして。もともと俺は文章を書くことが得意だったわけではなくて、そんな俺がふわふわと思ったことをふわふわと書いていれば、そりゃ〜伝わりにくいわなぁ。でも、ほんと読んでくれてありがとうございます!
よく、あんなにいろいろ書いていて、書くことなくならないの?なんて言われるけど、不思議とそれはないんだよね。いざ書こうとパソコンに向かい、キーボードに手をおくと、書きたいことが頭から飛んじゃうってことはあるっていうのは前にも書いたとおりなんだけど、実際書くことはいくらでもある。だって新聞なんかでは毎日のようにものすごい量の文章で、ものすごい量の情報が行き交うわけだから、それに比べたら俺が発する情報や感想やらってのはたいしたことないよね。
これからもマイペースで書いていくんで、読んでくださいな。今後ともよろしく!ぺこり。
2003年09月23日(火)

99 俺らしいとは?

友達が俺の何かについての感想を言うとき、「あ〜!マッキーらしいね!」という感想が多い。かなり多い。
最近になって、「そういえばよく言われるなぁ・・・」って思った。その感想を聞いた俺は、なんともリアクションがしにくい。だって、俺にはみんなが言う俺らしさがよくわからないから。
そのことを友達に言ったら、「確かにそうかもね」だって。たとえば服なんかで、俺が着ている服を見て、「マッキーっぽい」とか、俺が聴く音楽を聴いて、「あ〜、マッキー好きそう」とか、例えば家に来て部屋を見て、「マッキーっぽい」とか。「良い」とか「悪い」とか「きれい」とか「ださい」とか、そういう形容詞で表現をしてないんだよね。なんでもかんでもマッキーっぽいって。
それにふと気づいた俺は、それからというものそう言われると、「だって俺が好きで選んだものだもの!俺っぽくてあたりまえじゃん!」なんてちょっとつっこんでみたり。
俺は好きなものにはとことんなとこがあるから、それがみんなにイメージとして残りやすいんだろうね。赤が好きとか、紫はあんま好きじゃない、とか、ジャズっぽいのが好きとか。
高校生のころちょうど指定バッグが流行始めた。いや、中学の頃からかな?どこか他の学校の指定バッグで人気なやつとかあって、みんなこぞってそんなバッグを使い始めた。それに似たやつを店で買ったり、街で見る高校生はみんな同じバッグを持っていた。そんな中俺は蛍光オレンジの肩からかけるバッグを使っていたんだけど、そのインパクトが相当強かったらしく、俺にはオレンジのイメージがついた。一番好きな色はオレンジだと思い込まれた。そんなにインパクトが強いとは全然知らなかったんだけど、あるとき友達とバッグを一日だけ交換したんだ。友達が朝登校してくるとき、遠い後ろからそのバッグを発見してびっくりした。相当目立つ!自分で持ってるとあまり気づかないんだけど、制服にそんな派手なバッグをもったやつはあんまいないから余計ね。
まぁ話がそれちゃったけど、そうして人のイメージはできあがっていくんだろうな。「マッキーっぽい」という言葉は友達にとってはひとつの形容詞となっているらしい。それはそれでうれしいね。マッキーっぽいって言われないようなものを選ぼうかな〜。でも好きでもないものを選ぶのはね〜。
2003年09月22日(月)

98 北朝鮮拉致事件

「奪還」という名のドキュメント番組を見た。北朝鮮拉致事件を再現VTRを中心の構成の番組だった。もう、ただびっくりだね!現実というのはどんな映画よりも、どんな小説よりも衝撃的だ。だって人が頭の中で考え出す映画や小説のストーリーでは絶対に超えられないもんね。
この番組を通じて痛感させられるのは、当然のように北朝鮮という国のとんでもない卑劣さと、日本のあまりあまる無能さだ。今でだって、1年前に北朝鮮が拉致を認めたというのに、5人が日本に帰ってきて以来、なんの進展もない。この1年の間に日本にもやはり様々なことがあったけど、それでまだ解決されていない北朝鮮拉致事件問題に対する問題意識が薄れていってしまうようで、どうやって解決しようというのだろう?外務省は結局抽象的な言葉ばかりならべて、根気よくだとか、粘り強くだとか、そんなんじゃ何もかわらない。
あと、実際に拉致が起きた25年ほど前、今より全然小さな形だけど、拉致のことが新聞にのり、事件だと認識された。そのときに日本政府が何も対処をしなかったことが、そのあとにさらに大きな事件を引き起こしている。そのことで思ったのは、今こうして北朝鮮拉致事件を筆頭に、多くの事件、問題を抱えていて、その裏で(実際には裏ではないわけだけど)日本政府の迅速な対処を求めているまだ見ぬ大きな事件が起こっているかもしれない。その可能性は否めなくて、でもそこで日本政府が拉致事件が実際に起き、通り過ごした25年前とどこが変わったのか、その点で信用がおけないということは、大きな問題だと思う。
今は北朝鮮が拉致を認めてから(日朝会談から)1年という節目で、また大きくクローズアップされてはいるけど、これからどういう過程を経て解決がなされるのか、実に興味深い。
2003年09月18日(木)

97 ヘキサゴン!

クイズ・ヘキサゴンみんな知ってる?よね?クイズに対して一人がほかの回答者の答えがあっているかを考えて、間違ってると思った人に「ヘキサゴン!」って言って、相手のポイントを減らしていくやつ。勝負のポイントは、雑学があるか(つまりクイズに強いか)と、演技のうまさにある。答えを知らなくても勝ててしまうのが、このゲームの面白いところだ。
このゲームを友達とやってみた。テレビみたいにもともとクイズが用意されているわけじゃないから、誰か一人がクイズを出して、その人が当てる人にもなる。クイズはなるべく公平で、みんなが分かるか分からないか、微妙なところを出す。クイズを出す人があてるんじゃ不公平だと思う人がいるかもしれないけど、そこら辺はスポーツマンシップにのっとり!ということで、ゲームが面白くなるような微妙な問題を出すということは、遊んでいる人はちゃんと心得ている。演技をすることや、演技を見抜くことが楽しいんだ。
これは実際やってみると相当おもしろい!おもしろいクイズがあればこそ、ではあるけど、みんな知らないことに対して知ったかぶりをがんばってするし、みんなが知っていそうなことは「セーブ崩し」(セーブのルールは知ってる?)を狙ったりと、奥が深い。クイズの本なんかを買ってきてみんなでやるのも面白い。
ここでこの間友達とやったクイズを何問か出してみよう!みんな分かるかな?
・天国に一番近いと言われている島の名前は?
・女性ファッション雑誌・ノンノの正確なつづりは?
・プラダを手がけるデザイナーのもうひとつのブランドは?
・今回の自民党総裁選立候補者4名の名字は?
・パンを作る過程で、パンを膨らませるためにいれるものは?
・立方体は英語でなんという?
いくつわかったかな?簡単すぎた?
2003年09月16日(火)

96 旅を終えて

初めての一人旅ということで、何かと感慨深いものがあった旅だった。でも、旅自体は初めてではなかったため、とまどいや迷いなんかはなかった。
わずか3日間の話ではあるけれど、旅をしたという達成感は少々ある。ちょっとした自信がつくものだ。自分で思いつき、判断し、行動し、成し遂げるということについて言えば、それはどんなことであれ喜びになると思う。正直ここまでの行動力を発揮できるのは、3日間という限られた時間の中でだからこそで、こんな日々を続けることはむずかしいだろうな。でもやっぱたまには、それこそ今回が初めてだったけど、これからそれなりの頻度で、旅をするということはいいと思う。別に一人旅でなくても、二人でも、三人でも、それが自分の意思で起こるイベントで、自分の行動で成されるものならばなんでも。楽しかったけど、また行くとなると、少々重い腰をあげて、「よっしゃ!気合いれて行くか!」と、威勢をとばさなければなんない。そんな課題を自分に課すのもまたいいのかもしれない。
旅のひとつの喜びは、完全なる一人の時間をフルに自由に使える、ということだ。電車の中で大好きな音楽を聴き(今回はRadioheadと宇多田ヒカルばっかり聴いてたんだけど)、大好きな本読み(今回は「ねじまき鳥クロニクル」を読みまくったんだけど)、ふと目をあげればきれいな景色が目の前に広がっている、最高じゃないか!
まったくの一人になって、自分しか頼る人間がいない状態になったとき、自分の新たな一面を発見できると思う。自分で自分を意外に思うなんて、結構おもしろいことだと思わない?別に自分探しの旅とか、そういうことじゃないけど、何か見つかるものだ。
2003年09月15日(月)

95 静岡一人旅(3日目〜後編〜)

朝6時起きでこちらに向かってきたので、思えば朝から何も食べていなかった。千頭駅で取り残されたのが10時半過ぎ。むしろちょうどいいじゃないか!と前向きに考え、食事何処をさがしたのだが、この街なんもない。食堂の看板はいくつかあるんだけど、なぜかほとんどしまっていて、唯一あいていたカレー屋へ。ほんとはそこでゆっくり本でも読んで時間を潰そうかと思ったんだけど、まさかの来客にあわてて用意してくれたおばちゃんと二人で同じ空間に2時間いることがイヤで、食べてすぐ店を出た。近くの川原でのんびりしてから、駅のホームで本を読む。
2時間が経過し、ついに列車が!赤いトロッコ列車はいいアジが出ていて、線路を走る音もうるささが逆によかった。発車すると運転士さんがアナウンスを始める。まるで観光バスにのってバスガイドさんがするかのように、右に〜が見えます。左をご覧ください。と。ときには「この駅には4人のおばあちゃんが住んでいて、そのうち3人はなんたらかんたら」なんてアナウンスまでしていた。すごい・・・。
奥大井湖上駅までは10ほどの駅がある。その真ん中あたりで「アプト式列車」というものへ接続する。このアプト式というのは日本で唯一の急な坂を昇降するための手段なんだそうだ。歯車を噛み合わせることで上るらしく、上り始める地点で一番後ろの車両にその列車をとりつける。坂は1000メートル走る間に90メートル昇降するという、電車にしてはほんと急なもので、乗っている間でもそれを感じることはできた。
この列車に乗っている間は、感動のしっぱなしだった。もう最高!文句なし!景色はすばらしいし、軋む列車や、うるさい音がとても刺激的だった。いくつも短いトンネルをくぐり、そのたびに音がすさまじく、また当然のように窓は開けっ放しで、ずっと風を浴びながら、景色を眺めていた。山林の間をくぐり、川の横を抜け、山を上り、そしてたどり着いた先は、湖の上の駅だ。
奥大井湖上駅。とても素敵な駅だった。「中部地方駅100選」というものに選ばれているらしい。駅の両側に鉄橋が走り、岸と岸とをつなげている。駅は登山口となっていて、コテージが一軒あった。次にすんなり帰るためには約10分後の帰りの列車に乗らなければならず、そのわずかな時間でじっくりとこの駅を楽しんだ。鉄橋の真ん中まで歩くと、下はものすごい高さで、両側の景色はすばらしかった。
時間いっぱいまで絶景を楽しみ、帰路についた。
今回のたびのラストをしめくくるには最高の場所だった!奥大井湖上駅。また行きたいと思う。今度は紅葉がきれいな季節にでも、いつか必ず・・・。
2003年09月12日(金)

94 静岡一人旅(3日目〜前編〜)

最終日!今回の目的は、�”抻了海鮓�ること。�⇒�達と会うこと。��テレビで見た綺麗な場所にいくこと。
�,呂�なえられず、�△呂�ない、そして��だ。前に友達と二人で旅したときもそうだったけど、行きたい場所があるっていうのはとても力が出る。思いが行動となってくれる。テレビでちょっと紹介されていただけで実際に行ってしまうほど行きたくなるっていうのは、それだけ衝撃的によかったということなんだろうね。
さて、その場所とは、「奥大井湖上駅」という名の駅だ。まぁ聞いたことある人はそんなにいないだろうね。実際何があるっていう場所ではなく、ただ駅のある場所と景色を楽しむところだから。名前からもわかるとおり、湖の上にぽつんと駅だけがあるんだ。そこには車で行くことはできず、徒歩では鉄橋を渡っていくしかない。駅そのものが登山口になっていて、山の裾が湖にはみ出してしまい、そこを湖を渡るため橋をかけ、駅をつくった、そんなような場所だ。
その「奥大井湖上駅」へは、東海道線の金谷駅から北上する形で私鉄にのっていく。まずは大井川鉄道の本線だ。ここは日本でも数少ないSL列車が走っているのだ。そりゃ〜乗りたいよね!俺も雑誌やネットで調べてSLに乗れると知って期待してたんだけど、なんと8月におきた土砂崩れにより線路が一部通行不可になり、SLも当分の間運休とのことだった。残念。。。その土砂崩れのため、最初の金谷駅から途中の「福用駅」までは代行バスでの移動となった。福用駅からはローカル線で本線の終点「千頭駅」まで。もうこの列車の時点で景色はとても綺麗で、読みかけの本を手にもったまま、ずっと景色を眺めていた。
金谷駅からバスと電車でトータル1時間くらいだったかな?もっとかかったかな?やっと中継地点の千頭駅へ到着。ここから同じ系列の井川線に乗り換えなんだけど、デジカメを車内に忘れていた!ピ〜ンチ!!下りてすぐに気づいたのに、もうドアは閉まっていて、駅員さんにお願いしてとってもらった。ふぅ〜・・・・。危ない危ない・・・。と思っていたら、乗り換えの列車がさっそく発車してしまっていた!ショック!ここは東京じゃあるまいし、1本逃したらえらいこと!だいたいここでの乗り換えは、本線から到着する列車を待って、乗り換えの人を乗っけてから井川線が発車するんだけど、忘れ物をしたおかげでご親切にも俺をおいていってしまった!次の列車は2時間後!はぁ〜・・・。しかたなくこの千頭駅で2時間時間を潰すことに。
<静岡一人旅(3日目〜後編〜)>へ続く・・・。
2003年09月11日(木)

93 静岡一人旅(2日目〜午後編〜)

さて、ホテルでちょっと休憩したのち、午後6時に浜松駅で友達と待ち合わせ。彼女は(女の子です)カラオケのバイト時代からの友達で、最近よく本を読むようになったらしく、よくホームページを見てくれ、特に「BOOK」で紹介している本を読んでくれては感想をくれ、また本を紹介してくれたりもする。カラオケのバイト時代には仕事の息が合い、俺としては一番仕事のしやすい人だった。とてもかわいい人なのです♪
彼女は車でさっそうと?登場、「ひさしぶり〜!」な再会だった。静岡に行った際には静岡案内をしてくれるということを前々から言ってくれていて、浜松近辺をいろいろと案内してくれた。
とは言っても始まりがすでに日の沈む時間。観光するにはどこも暗すぎた。最初から行く場所を決めていたわけではなく、その場その場で適当に移動。
まずは「浜名湖」!世間的にはうなぎの養殖で知られているよね。俺も小学校のころに勉強して知っていた。その浜名湖の湖畔でおいしいお好み焼きやがあるということで、そこへ!・・・行こうとしたんだけど、どうも道がいまいちわからなかったみたいで、「ここかな?ここかな?」と、どんどんとんちんかんな方向へ進み、いつのまにやら前も後ろも車がなく、真っ暗な道へ、と迷いまくり。浜名湖をぐるっと一周して、「お好み焼きやは諦めよう!」という結果に。
して腹は減っていたので、彼女が高校時代によく行ったというカフェレストランへ。う〜んと・・・店の名前は忘れてしまったが、メキシカンピラフみたいな感じの料理をおいしくいただきました!雰囲気のある、とてもいいお店だった。おいしかったし。
その後は、その日に登呂遺跡に行ったことを話したら、じゃあ近くに蜆塚遺跡があるからそこに行こう、ということで遺跡へ。真夜中の遺跡はね〜、ちょっと不気味だね。ていうか普通夜中に遺跡に行かないしね。遺跡を見に行ったというよりは、ちょっとした肝試しみたいだった。
次は「佐鳴湖」へ。ここもほんと真っ暗で、佐鳴湖公園から湖目指して暗い夜道をとぼとぼと。人っ子一人いない公園の夜道も不気味さ満点!逆におもしろいけどね。四苦八苦しつつ、ようやくたどり着いたけど、これと行ってすることもなく、さぁ次いこう!
「Village Vanguard」へ行き、本、その他雑貨を物色。最後は「TSUTAYA」へ行き、ドラマ「奇跡の人」を探すが見つからず、浜松をぐるぐるまわる。
結局12時ごろまで遊んだ。こうして一人旅をしている最中に友達に会えると、ほんとうにホっとする。彼女はいろいろと中途半端な案内でごめん、なんて言ってたけど、いえいえ!すごく楽しかったよ!道に迷うのも、不気味な暗闇に迷い込むのも、こんな一人旅の最中ならなんでも楽しく思えてしまうのさ!
また静岡へ来ることを約束し、明日は早いので家路(ホテル路)につくのでありました。ありがとね〜!!
2003年09月10日(水)

92 静岡一人旅(2日目〜午前編〜)

朝6時起床。昨日ほとんど何もせずに過ぎてしまったことを反省し、この日は朝から行動へ移す。
まずは静岡駅からバスで20分ほどの場所にある「登呂遺跡」へ。知ってるでしょ?登呂遺跡。誰もが小学校の歴史の授業なんかで教えられるよね。あれ。弥生時代の米作りが日本で始めて確認された農耕集落の遺跡として世界的にも有名。と、まぁ歴史的うんちくはさておき、あの登呂遺跡がこんなもん?って思ってしまった。ただの公園に遊具のように遺跡があるって感じ。高床式倉庫なんてまさに遊具と化していた。でも遺跡ってそんなもんなのかもね。残念ながら俺は遺跡に対する思い入れとかないから、さほど感じるものはなかった。じゃあ行くなよ!って?なんか旅っぽいじゃん?観光だよ。
登呂遺跡のあと向かうは浜松。静岡の2大都市のひとつが「静岡」で、もう一つが「浜松」なのだ。ちなみに静岡は大きな町だったけど、街のいたるところで工事をしていて、なんかすっきりしないイメージだった。
静岡から浜松へは東海道線で1本。だけどそれで行ったんじゃつまらないから、わざと「掛川」から天竜浜名鉄道にのって北上、回り込むように上から浜松を目指した。もちろんこんなの遠回りだけど、地元のローカル電車に乗るのって旅の醍醐味なのさ。いろいろと面白い体験ができるし、電車の中での人々のふれあいなんかを見てると、やはり東京とは違う。この天竜浜名湖鉄道は全然人が乗ってなくて、2両編成で俺の乗ってる両は俺しかのっていなかった。。「西鹿島」で乗り換え、南下。そして浜松へ。
浜松へ着いたのは1時半頃。とりあえず今日はこの街に泊まることに決め、宿探しを早めにしておく。駅から徒歩2分にビジネスホテルとしてはかなり綺麗なホテルがとれた。2時のチェックインまで昼食。そう!浜松といえば、うなぎ!うなぎは好きさ〜!でもどこがいいとかよくわからなかったから、とりあえず駅の近くの雰囲気のあるうなぎ屋へ。浜松駅の周辺はうなぎ屋がいっぱい!うなぎの定食をご馳走になりました!おいしかったよ〜!すごくやわらかい!でも、正直東京で食べるうなぎとそこまで違いがないような気もする・・・。
ホテルで一休みし、またちょっくらお出かけ。浜松からバスで15分ほどのところに「中田島砂丘」という名の砂丘がある。日本3大砂丘の一つだ。砂丘というものを見たことがなく、興味があったのだ。
「中田島砂丘行き」終点到着〜!浜辺だ・・・。なんていうか、浜辺の延長だよね。海辺から300メートルぐらい奥まで浜辺が延長されてるって感じ。しかも完全な砂地なのかと思いきや、所々草が生えている。まあ日本の砂丘だものね。あまりすることはないとこだけど、でもとても綺麗だったよ。
中田島砂丘から戻ってきて、またちょっとホテルで休憩。実はこの日、6時から会う約束をしている人がいたのだ。その話は「静岡一人旅(2日目〜午後編〜)」で。
ちなみに浜松という街について。とても綺麗な駅なのだ!びっくりした!やたら近代的なイメージで。街はすっきりとしていて道もきれい。ゴミが全然落ちていないんだ。この街にはびっくりしたね。いい街だよ。
2003年09月08日(月)

91 静岡一人旅(1日目)

長い間お待たせしました!初めてこんなに間が空いてしまった。。1週間、わりと忙しかったんだ。
9月3日から5日まで、2泊3日で一人旅へ行ってきました。なのでその話をしましょう!
今回一人旅の目的は、リフレッシュだった。年頃なのか、自分を含めた周りが慌しくて、なんか複雑で疲れていた。正直結構まいっていたとこもあって、そんなときの解決方法は、絡まった糸は自分でほぐすしかない!ということで、めんどくさいことは全て忘れてリフレッシュしたかったんだ。そして静岡を選んだ理由は、前に友達と二人で旅をしたときに、初めて富士山を間近で見て、ものすごく感動したんだ。それが忘れられなくて、また見たくなったんだ。あとは行きたいところがあったのと、会いたい人がいたってのが理由。というわけで迷うことなく静岡を選び旅たったのさ。
さて、では1日目について話そうか。直前までいつ行っていつ帰ってくるか決めていなかったんだ。本当は2日に出発しようかとも思ったんだけど、いろいろと片付けなきゃならないことがあって、泣く泣く3日出発になった。だからせめて朝っぱらから、ということで朝5時起床、6時出発。
青春18切符での旅なので、ゆっくり鈍行の旅となった。まず一日目の目的は、富士山を間近で見ること!綺麗な写真がとりたいと思ったんだ。あまりいいポイントを知らないので、前に通ったポイントを目指した。まずは中央線で甲府まで、そこから富士まで1本通っている身延線に乗って、「富士宮駅」で途中下車。
すごく晴れてたしさ〜、目の前に見えるはずなんだよ〜!なのになぜかものすごい雲がかかっていてまるで見えなかった。目的は達成されず、次の電車まで時間があったから、仕方なく街をぶらぶらと歩き時間を潰す。平日の昼間にね、商店街を歩いていてほとんどの店のシャッターが閉まってるってどういうこと?びっくりしたよ!過疎?静かな街だった。
その後富士を経由して静岡へ。実はこの日、やばいくらい暑かった。静岡は37度だったらしい・・・。まぁそれなりに重い荷物をしょってそこまでたどり着いて、もう気力がなくてさ〜。とりあえず4時ごろになってたんだけど、宿をさがして、すぐにチェックインした。とにかく休みたくて、宿についたらぐったり。。。7時ごろまで仮眠をとって、そのあと夕食をとりついでに静岡の街をぶらぶらと歩いてその日はおしまい。そう、1日目は移動だけで、ほとんど何もせずに終わったのでした。こんなんでせっかくの一人旅が有意義に過ごせるのか、その日はとても不安だったよ。でも電車での長い時間に思いっきり本を読むことができて、それはよかった!
2日目をお楽しみに!
2003年09月07日(日)

VOICE / マッキー

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