独り言
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2006年04月23日(日) |
テリーデイズというBandについて・その4 |
1990年1月29日
いつもの様にスージー・キューは亜龍をパイプ椅子に縛り付けギターの練習をする様に促した
「何か様子が変だなぁとは思ってたわ あんだけお喋りな亜龍が何も言わず黙々とギターを弾いてるんだもの
今思うとあれって正に『嵐の前の何とか』ってヤツだったのよね」
練習開始から僅か20分程
突如ギターを弾くのをやめた亜龍は言葉にならない程の大声で何かを叫び散らしギターを放り投げアンプを蹴り倒しそのまま外へ飛び出していってしまったのだ
取り残されたスージー・キューは「さすがの私も身の危険を感じた」らしく亜龍を追い掛ける事もせずそのままアンプから溢れるノイズにまみれて茫然としていたという
それから30分程して亜龍はまるで何事も無かった様に笑顔でスタジオに戻ってくるのだがその手には何故か何処かで購入したと思われるラジオペンチが握られていた
「戻ってきた時はもういつもの彼だったわ 皆が知ってるお調子者の亜龍よ
それで『ペンチってなかなか売ってないのね』って言った後に転がってるギターを拾い上げてガキみたいに飛び切り無邪気な笑顔でこう言ったの
『最初からこうすりゃ良かったんじゃんか』って」
亜龍は手にしたラジオペンチでおもむろにギターの一弦と二弦を切断し
「この方が全然素敵だよ」 と言ったという
「あれにはキレたね…さすがにさぁ
それまでの私の緊張を無視した彼のふざけた言動とあの『生まれながらに無罪です』みたいな笑顔にプチッときちゃって…
…それで私言ってやったの 『そんなに四本弦がいいならベース弾きゃいいだろこのオカマ野郎っ!!』…ってね
それですぐに蛇孔の若い連中を走らせてベースを持ってこさせたの
…そしたら届いたベースを見て亜龍また感動しちゃって
『俺の為に作ってくれちゃったのかい?』とか言うのよ
私…もう説明するのもアホらしくてね それでギターの時と同じようにアンプに繋いでやったわ」
初めてベースの音を出した時の亜龍はギターの時とは打って変わってはしゃぐ事は無く至って冷静だったという
スージー・キューはその時の亜龍を 「弾いてるとか聴いてるとかじゃなく…何かを確かめている様だった」と記憶している
「一番低い音…だから四弦の開放? そこから始まって全部の音を一つ一つ丁寧にゆっくり弾いていったの そして一弦の一番高いフレットまでいくとまた四弦の解放に戻って…
それを何度も何度も繰り返してたわ
私これ以上こんな事に付き合いきれないと思って帰ろうとしたんだけど…あの象みたいにクソデカいベースアンプと向き合って淡々とベースを弾いてる彼の姿が…妙に絵になってたのよ
…絵画的っていうかさぁ
私から見て丁度亜龍の向こう側からライトが照らしてて彼はシルエットだけになってたんだけど…彼ってお猿さんみたいに背中が丸いじゃない? 直立する無機質な立方体と相反して嫌味な程動物的なシルエットが解り合える訳も無いのを知った上でまるで会話するみたいに向き合ってるの
…あれ知ってる? キューブリックの『2001年宇宙の旅』って映画 あれの最後のシーンに近いものがあったわね
…まぁどうでもいいんだけどさ」
その日の亜龍の日記には スージーは「おふくろのニガい所だけを濃縮還元したオレンジジュース」だが「世界一優しい赤の他人」だと記されている
そしてベースに関しては 「クソつまらない音しかしない」と否定的な言葉の後に「そこがまるで俺の様」であり「そんなに悪くは無いと思う」と今後ギタリストではなくベーシストとして音楽と向き合っていこうとするある種『諦めにも似た決意』を感じさせる言葉が続く
日記は 「受動的な学習は滑稽の極みで そこに意味があるとするならば それは『無意味』という言葉の意味を知る可能性を秘めているという事だけだろう」 と締め括られている
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