夢見る汗牛充棟
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月の碑
この宵 わたくしはそっと
ひとつのたましいを棄てるのだ
薄ら笑む唇と半眼のまなこで
こうやって吹き荒ぶ風の先端に昇り立ち
夜に浮かぶ 冴え冴えと白い月のおもてに
尖った骨で鉛と水銀のまがごとを刻む
いつか遠くの君が 倦み疲れたように
何処かに旅に出たならば 誰知らぬ町で
黒々とした地に佇み 月を見上げるその夜に
暗澹とした妄執の碑文に気づくだろうか
重く錆びた身体と うしろを向く眼が厭わしく思う
それゆえに この胸からとった一本の骨を研ぎ
深く深く月を穿つ 穴には穢れた血を注ぎ
君の名が刻まれた細胞の一粒一粒を棄てる
吐く息と君が塗りあげた色合いの
たましいを滅ぼしゆけば
いまや胸はがらんどうになり
薄ぼんやりと闇に融けてゆく 歓喜
刻み終えたわたくしは最後に残った右腕で
借りものの骨を空に放す
天の高みにさらわれ 凍りついた骨が
塵芥や砕けた硝子のように散り失せて行く
ただ漂いゆきながら空は高々と笑うだろう
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