夢見る汗牛充棟
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2000年03月11日(土) 呼子

呼子






彼は何処に行こうとしているのか

荷物をまとめる俯き加減の横顔が

硝子ごしに窺えた

裸電球の下には ほんの小さな鞄があった

彼は短い旋律を口ずさみながら

橙に照らされた部屋を片付けている

僕は思い願う

硝子を叩いてもいいだろうか

彼の鞄に僕らをも仕舞ってくれるように

合図していいだろうか

僕は思い確信する

彼は必ずたくさんの僕たちを

手に取り 懐かしげな眼差しで

透明な笑みで僕らが過ぎた時だと教え

優しく残酷な手ぶりで置き去るだろう

彼は幸いの中へ

ほとんど手ぶらで往こうとしている

彼が僅かに身に帯びたものたちが

喜びのため息を漏らす

僕がほとんど憎しみながら

彼の背中を呼ぶ声が滑り落ちる


恵 |MAIL