夢見る汗牛充棟
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『ねこ、ときどきねこ』
「ただいまー」 と言って、帰ったマンションには、当然だけど誰もいない。もちろん、そんな事は知っているから、気にもならない。ここは、私の家でもあるから、好き勝手に過ごす。
現在の同居人は、仕事が忙しいからあまり構ってくれないし。 最近は「あー、忙しい、忙しい」と言いながら、ますます家にいる時間が減っている。帰ってきたら、すぐに寝てしまうし。 私が、せっかく甘えてあげているのに。5分も私を構っているとそのうち気が遠くなるみたいで。朝は朝で、つっついたって起きやしない。疲れてるのわかるけど。まぁ、踏んづけて強引に起こしちゃうけど。
でも、そういうの、ちょっと寂しかったりする。 けれど、言わない。私、自立してるから。 正直いうと、「言わなくても、わかれ、莫迦」って気分もあるの。
しばらくして、退屈になってきた私は、ソファの上に寝転がる。 ソファの上には薄情な同居人の脱ぎ捨てたTシャツが転がっている。 薄情な上に、だらしがないなんて駄目駄目だと思う。 でも、まぁ、Tシャツからは好きな匂いがするからずっとだらしがないままでいいなぁって思う。そゆうの枕にしてみたりなんかして、私もけっこう可愛いところがある。 ぐるぐるぐるぐるぐるるるるぅ。 知らず知らずのうちに喉からもれる歌。 微睡ながら 夢をみる。…優しく撫でる暖かな手を。
私は、きれいなオッドアイの黒いねこ。 とても、しなやかな身体をしていて、踊るように魅力的に歩く。人間だけじゃなく、猫だって私に見惚れている。でも、私は猫なんか眼中にない。なぜなら、私は昔人間だったねこだから。本当よ?だから人間の言葉だって、わかる。なんで、ねこになったのかって?何でかしら?人間やめたからじゃないのかなぁ…。知らない、そんなの。不都合なんか、なにもないし。
だって、私にとって大事なのは、撫でてくれる優しい手、甘やかなことば。欲しがって、欲しがって、欲しがって、それだけだと人間は見捨てられる。 今は、ねこだから大丈夫。 抱っこして欲しければ、抱っこしてもらえ、なでて欲しい時はなでてもらえる。膝の上にのっかっても怒られない。飽きるまで、匂いをかいでいられる。 優しく語り掛けてもらえる。ひたすらに甘やかされて、ぐるぅ…と懐いて、こどもに戻っても許される。 だから、そうね、ずっとねこのまんまでいいわ。
「おーい」 頭の上から、声がふってくる。 「なー」 「……なぁ、じゃないぞ、こら!目、開けろよ、何やってんの?」 薄目を開けるとソファの傍らに仁王立ちに突っ立って、同居人が私の事を見下ろしている。帰ってきた!ぴんと直立するしっぽ。 「………」 もちろん私はTシャツから、本物に乗り換える。 出し抜けに起き上がった私に飛びつかれた同居人は、狼狽して声をあげた。 「ぅわぁ!」 「なんだぁ?なんだ、何なんだ?」 すりすりすりすりすり。
「……何してんの?」 しばらくされるがままになっていた同居人の声が、頭の上から降ってくる。私は、きれいなオッドアイの黒いねこ… 「…ねこごっこ」 沈黙がおりた。それから、はーっと呆れたようなため息。軽く小突くように手が頭の上に。 そして、最後は言葉。 「へんなおんな」 「へっへっへっへぇ」………どうせね。
「今日は、早かったね、最近ないくらい」 「うん。ここんとこ、ずっと遅かったから、頑張って早く帰ってきたんだよ。そうしたら、あんた人間やめてるし。どうしようかと思った。 ……んで、飯は?」 「できてる。…ちなみにお風呂もいれた。だから、私がねこになってようが、なんだろうが、それは空き時間なんだから、いいの!」 「…なに、威張っているんだか…。ようは、俺がいないと寂しいってことだ」 「違うって!………でもだね、たまにはね、ちょっとくらいひっついても、いいんじゃ、ない……かな?…」 「ま、いいだろう、許可しましょう」 同居人は笑いながら言った。 「なに、いばってんのよ…」
ねこときどきねこな時間のおはなし。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おしまい・・・・・・
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