夢見る汗牛充棟
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「ちょっと、まてい、そこの人」 朝の遊歩道を歩いていて丁寧に、呼び止められたあたしは立ち止まり 胡散臭そうにそいつを見た。
男だった。 よれよれのロングコートを着た灰色の男が両手をポケットに突っ込んで 立っていた。 ちっ、ナンパじゃねえぜ。見て楽しげなお兄さんでもない。 こういう格好で、コートの前をきっちりと合わせている男のする事といえば一つだ。
ぐぁばあ!!
と激しい動作で前を開ければそこでお粗末な息子がしょぼくれている。 しかも無愛想な眼鏡の女につくづく見られてそいつはますます縮むこと請け合いだ。
お互いに不幸になるばかり。 立ち止まったことをあたしはつくづく悔やんだ。だが、後の祭りだ。
「なんじゃ。われ。ご用件は?」 仕方なく、あたしは言った。内心では少しびびっているのは内緒だ。
「ふはははははは。」
男は地の底から湧き出るような声で笑った。
「貴様は今、俺が露出狂の変質者だと思っているな。この俺が着込んだ 地味なコートの下には、優雅でしなやかな剥き出しの筋肉が息づいている と思っているだろう?」
「いや!、優雅でしなやかとまでは!!」
だって、この男ダビデじゃないし。
だが、男はあたしの言葉など聞いちゃいなかった。 ふふう…と、どっかの外国人のようなオーバーアクションで肩をすくめやがる。
「だが、それは偏見というものだぞ。ロングコートを着た男が早朝の歩道に 突っ立っておれば「変態」か!?いやいや。これはいささか物の見方が 短絡的に過ぎないか!?」
「ぐうぅっ。」
思わず、歯軋りするあたし。そう言われればそうかもしれない。
常日頃、先入観をもつこと、偏見を持つことを自らに戒めていたあたしが。 この男は単に道を尋ねたかっただけかもしれぬというのに。 ばかばか、わしのばか。
「くっ」
あたしは男の言葉に深く反省し、謝罪すべく口を開いた。
「確かに先入観にとらわれておったわ。陳謝するぞ、てめえ」
「うむ」
わかればいいのだ、と男は頷いた。おんどれはあたしのお師匠ですか!? 己のマナコが開けたような朝であった。(ナマコではないぞね)
ぐぁばあ!!
やおら、男がコートの前を跳ね上げた。
生まれたまんまの肌身。男の嗜みなのか、息子の先っぽだけ、薄手のゴムのお洋服を着ていた。
白々とした時間が流れる。
「よいか。」
………師匠は口を開いた。
「こうなってから初めてこいつは変質者だ、と断じるのだ!」
「いいてえことは以上か!?とんちき」
あたしは迷わず、女の嗜みとして装着済みのメリケンサックで男の顔に3000000回程の拳を叩き込んだ。
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