夢見る汗牛充棟 DiaryINDEX|past|will
今日は読書日記ではないみたい。 2XXX年。 某国の最高裁判所前は根絶不可能な人種で埋め尽くされている。 うようようようよ。 おしあいへしあい。 うごうごうご。 ぞろぞろぞろりん。 …何だかおわかりだろうか?マスコミ族である。 一人いれば十人いることでとにかく有名な彼等が、裁判所前で獲物を 待ち構えているのだ。 一人が腕時計をちらりと見た。 「そろそろだな。」 ごっくん。つばを飲む音。 その場に集まった全員の注目を集める扉がスッと開いた。 待ち人ついに来たれり。諸人こぞりて迎え奉れってなもんだ。 スーツ姿の男が前後して建物から出てくる。 二人目は長い垂れ幕を掲げている。 なんせ、この習慣は不滅です。 【全面勝訴!!!】 文字を認識したマスコミ族は、反射的に写真を撮りながら当該人物に 殺到する。 「おおおおおおおおおおおおっ!!」 「おめでとうございます!!」 「ありがとう。」 「長い戦いでしたが、勝利をおさめた今のお気持ちは!!」 「感無量だね。」 「一言お願いします!!出田さん!!」 人垣に阻まれて、彼等は先に進めなくなった。 何本も突きつけられるマイク。 出田は眼鏡をちょっと直すと、マイクに向かって口を開いた。 「われわれは、ついに新たな一歩を踏み出した。考えてもみたまえ。完全な 知能と頑強な肉体を有するレプリカント。彼等はもはや一個の意識ある生命 だ。彼等がなぜ知的生命体としての権利を与えられないのか!?生殖機能が ないからか!?はっ。ばかげた話だ。現在は土地問題、食糧問題、遺伝子学 的見地からも完全に我々の生殖は統制されているではないか。現在の我々に 与えられているのは、生殖管理省に精子・卵子を提供し、それが実際に使用 されることを神に祈る自由だけではないかね。オートメーションの工場から 生まれてくるレプリカントたちとどこが違うのか。」 「レプリカントの寿命問題はまだ解決していませんが、それについては?」 「それについては解決にはまだ時間がかかるだろう。だが、別個の種族だと 思えば、種族ごとの寿命だと思えばいい。それよりも、確固たる個としての 意識をもったレプリカントたちに対等の権利を認めて共存する道を探すこと が重要だ。」 一呼吸置いて言葉を続ける。 「現状では、目潰し重工が製作したテキサス六型以降のものをレプリカント という知的生命体と認定し、限定的ではあるが一定の人権を認めてゆく方向 で法を改定してゆくことになるだろう。」 「とりあえず、この喜びを誰に伝えたいですか!?」 出田は少し顔を綻ばせる。 「私の妻になる女性に。」 「おお、出田博士、ご結婚なさるのですか。それはめでたい。」 「ああ。彼女はテキサス八型でね。晴れて私たちは結婚できる、というわけだ。」 「おお。それは…。素晴らしいですね。」 ほほぅ。ため息があちこちで漏れる。 マスコミ各氏の祝辞に出田は明るい笑顔で応えた。 「そりゃあ、すばらしいさ!!」 それから片目を瞑って、声を低くして続けた。 「これで我々はいつでも若い生まれたての妻や恋人を持つことができるんだよ。 これこそ、我々の夢ではないかね? オリンピック周期で取り替え得る、最高 の伴侶だ。…どうだい?」 シーーーーーーン。 「おっと…こいつはオフレコだよ?」 出田はそう言うと迎えの車に乗り込んだ。 …なんちゅうかね。 とりとめなく、はてしなく、際限なく、くだらぬことを考えちまった わしを許したまえ。 いろんな人よ。…頼むから。
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