| 2007年09月23日(日) |
「人間失格」と、考える葦である |
ということで、安直な作品に手を出してみました。
太宰治著「人間失格」
漫画デスノートの作画をされていた方が表紙を描いていたので、レジに持ってゆきやすかったです。
ううん……違う。
絶望だかしらないが、要は感性、感受性、次第だろう。
かわいくて、素敵で、どうしても自分も同じネイルをつけてみたい。 だけど、短くて丸っこい指の自分には、どうしても同じようにはならなくて、試してみたサロンの店員には「まあかわいい!」と、ネイルのみを見て言っているのがあからさまにわかってしまい、どうしようもなく自己嫌悪に陥ってしまう。
てなことと、大して変わらないのじゃないかしらん……。
太った体型をお洒落にごまかしたくて、B系の服にコーディネートしてみたら、プライベートのお相撲さんと間違われて、お年寄りにすれ違いざま背中をポンポンとたたかれて拝まれて、否定できずにそそくさとその場から逃げ出した。
という出来事でも、十分、絶望たりえるだろう。
読みが浅いだけなのだろうか……汗
それほどまでに、自分を見つめたことがないからなのだろうか。
見つめたところで、たかが知れてるじゃないのさ。 だって、自分で自分を見つめるのだもの。 自分の求める自分は果てしなく遠く、自分の思う自分は限りなく都合のよい(良しにつけ悪しきにつけ)ものだから。
ううん、哲学……笑
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