とことん、天の邪鬼。
なのかもしれません(笑) 「いいじゃん。原作は原作で、演出の都合でシナリオが変わるのは仕方なくて、それに合わせて原作を書き直すなんて、なんか違うんじゃない?」 「そのために脚本家だっているんだし。その作業に費やす時間と労力を、もっと向けるべきものに向けたほうがいいんじゃない?」
昨日の時点でtake4は、そう結論を出していました。
さあ、そうと決まると、
「馬鹿やろう、なに言ってやがる」
と竹が黙っちゃあいなくなるのです。
このコンコンチキがっ。全部書き直すまでしなくても、骨子ぐれぇ「この流れで」てぇくれぇ書いて渡さねえと、口が避けても「原作者です」だなんてこたぁ言えねえだろ。 てか、俺が言わさねぇ。 面を上げられねえくらい、恥と自己嫌悪に叩き落としてやらぁ。
と(笑) やっとその気になってくれたね、ワトソン君。 そうなることを待っていたのだよ。
キーとなる舞台や設定、アイテムが別のものになってしまう時点で、それは本来の物語ではなくなってしまいます。 だから両手を挙げて、知ったこっちゃねぃや、と投げ出してしまいたくもなるのです。 それもまた、ひとつの手です。 が、そうせざるを得ないなかで、それでも「わたしが描きました」と言えるだけのものを、最低でも書きたいじゃないですか。
人の手が加わって、もっと素敵なものに化けてくれる。
それを信じなくて、自分だけの、ひとりよがりの井戸のなかでゲコゲコ鳴いていられるほど、それほどわたしはスゴいのか、と。
スイッチが入れば、書き直し二十枚なんて四時間で済みます。
これがあとみっつ。 土曜日まで。
なんだ楽勝じゃないか、と言い聞かせつつ、でもそれは、かつてKさんが仕事のアップに間に合いそうもなく目が泳いでいたわたしに言い聞かせるのと同じものだとわきまえています。
だってそれとは別の、新作のことをいったん棚の上に上げといて、ほぉら、とりあえずこれだけをまずやってから、その先はその先で考えればいいんだからな? 今それを一緒に考えて、同時にやろうとしてパニクって共倒れになったら、一個も形にならないままで、何をやったのか、誰も、自分までもわからなくて、時間をそれこそ無駄にするだけだろ?
と(汗)
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