| 2008年06月14日(土) |
災いを避くる男と、許さない? |
いまのわたしは、
「災い避くる男」
そんな気がします。
今朝方、目覚まし代わりの携帯のバイブレーションに起こされ、テレビを観て一瞬、驚きました。 しかしすぐに落ちてしまい、再び点けっ放しだったテレビを観て、
なんだまだ九時過ぎくらいか。
と、同じニュースにそう勘違いをしていました。 それにしても、他局もまるで同じ様子で、ふと時計を見て、
昼過ぎてるじゃん。
気づくと同時に、ニュースの内容をようやく理解しはじめ……。
えらいことになってる。
と、あらためて驚かされました。
宮城岩手内陸地震
ぶっちゃけます。
衝動にのっていなかったら、わたしの遠野行は、この土日になる予定でした。 ホテルの一番安く空室がある日を待たず、多少高くても、と強行したのです。
遠野と言えば岩手県の南にあり、すぐに宮城県。
先週の秋葉原の事件といい、なんだかほんの一歩の違いで、災いから救われているような気がします。
土曜の昼下がり。 不忍池、上野公園を通り抜けながら、家族連れ、恋人たちとすれ違い、追い越し、めんどくささが和らいでゆきました。
こんなにもたくさん、この世界には物語があふれている。
と。
これをひとは、現実逃避、というのかもしれません。
そして、再び秋葉原の現場を訪れました。
そうしないと、神保町に抜けられないものですから。
歩行者天国は、事件以来しばらく中止されてます。 献花台には、まだまだたくさんのひとが手を合わせていました。
だけれども……。
一部の、ほんの一部の、感情的な方が、叫んでました。
「絶対に、許さないっ。 絶対に、死刑だっ」
わたしの頭に、血が集結しそうになってしまいました。
あなたこそ、命をなんだと思っているの?
死刑に関しては賛否両論あり、かなり微妙な問題はあります。 それに、悲しみや怒りを表すための他の言葉を思いつかなかったから、そのようなことを口にしたのかもしれません。
が、
恐ろしく、不快です。
裁判員制度がはじまり、もちろん、選抜の面接等がありますが、命を扱うかもしれない案件に関わるかもしれないのです。
もちろん、最終的な判断の物差しとして裁判官がついてはいますが。
命を奪ったのなら、命を差し出せ。
これを声を大にして言えるのは、奪われた本人だけ。
なのではないでしょうか。 せめて、本人に次いで家族。
それでも、できるのならば……。
命を差し出させる。
のではなく、
命を賭して、報いて欲しい。
であって欲しいです。
もしもそれが法的に正しくても、道義的に誤りでなくても、命を奪った報いとしてその命を奪うことになったならば……
わたしは、わたしもまたその奪ったものと同じ、「命を奪ったもの」となることに、耐えられないだろうと思います。
これもまた、偽善、なのかもしれませんが。
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