「隙 間」

2008年06月27日(金) 文字と記号とことばと「注文の多い料理店」

 さあ、たいへんです。
 どうしましょう。

 書き連ねる文字が、ことばに見えません。
 文字が文字のまま、なのです。

「あ」と書いてみても、いつまで経っても、どこから見ても、「あ」という記号としての文字でしか見えないのです。
 記号であれば、その後に続く文字など何ひとつありはしないのです。
 いや、何だって構わなくなってしまうのです。

「あ」がことばであれば、その後に「い」が続いて、それは「あい」ということばの連なりになり、「愛」なのか「藍」なのか、意味をもったものへと変化してゆくものなのです。

 色々と書いてみました。

「あ」や「ア」を大きく書いたり小さく書いたり並べてみたり、丁寧に書いてみたり崩してみたり、丸文字や釘字みたいなのや、点線で書いてみたり。

 ますます、記号にしかならないのです。

 今こうして、こんなにダラダラと書いてるじゃないかって?

 これはこれ、です。
 いわば、まあ、こうしていること自体が、記号にしか過ぎない文字をことばにするためのリハビリのようなもの、なのかもしれません。

 携帯の予測変換機能はとてもありがたいものです。
 一文字入れるだけで、勝手にことばらしき文字列を羅列してくれるのですから。

 試してみませんか?

 ノートでも、チラシのうらでもかまいません。
 一文字だけ、それも何だってかまわないので、大きく書いて、その一文字と「にらめっこ」してみるのです。

 あれ、こんな字だったっけ?
 てか、これって文字? 記号?

 と、何やら不思議な気持ちになったら、大成功です。
 あなたはもう、ことばとしての文字が書きづらくなっているはずです!

 ……て、実際に試さないでください(汗)

 てか、文字はそもそもが記号だったのを、長い歴史の中でことばとなっていったのですよね。
 なんだ、ちょっと故郷帰りしただけじゃないか……笑

 そして。

 宮沢賢治著「注文の多い料理店」(新潮社新編)

 ぜんたい、宮沢賢治作品というものを、わたしは知らずと避けてきたように思います。
 彼の作品を読もうとしてみると、文字がことばとして入ってこようとしないのです。

 そうか、これが原因だったのか(汗)

 彼の作品の多くは、「未完成」です。
 彼の没後、やおら世間が注目し、そうして世に広まったという経緯もあります。

 それよりなにより。

「未完成こそ完成である」

 という彼の思想もあります。

 遠野の縁でとうとう宮沢賢治作品の扉の把手を握り、すこうしだけ中を覗いてみました。

 もう一歩、踏み込んでみる?

 このままだと、なんだか少しだけ、悔しい気もするし(笑)

 そう。
 このモヤモヤした感が溢れているところこそ、わたしが思うある種のイーハ・トーヴなんだろうし……。

 すっきりキレイ過ぎるところは、嘘くさくてかなわん(汗)


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