「隙 間」

2011年03月19日(土) compass rose

冷たく澄んだ夜空に、美しい月が浮かぶ。

春を目前にして一転、しばれる冬の寒さに身を締めつけられる。

さて、大地震から一週間が過ぎた。
相変わらずコンビニやスーパーの棚はがらんどうだった。

ここは東京である。

余震でコンクリートの壁がガラガラと崩れ落ちたりしたのは比較的古い建物が多く、電気・ガス・水道が壊滅的に被害を受けたわけでもない。

なのになぜ。

地震後三日以内に、同規模の大地震がくるかもしれない。

米だ、牛乳だ、日常品だ、電池だ、懐中電灯だ。

原発が、放射能が、北風だ、これはヤバイ。

いざ、西へ。

新幹線の切符が、ホームが、改札が、群がるひとの背中で埋めつくされる。

電力不足による計画停電が、あるのかないのか、電車が運休か、本数削減か。

それでさらに大パニックである。

「品川駅に、すごいひとが溢れてゆきますよ」

ビルの足元から、蟻よりも濃く太い筋が連なっている。

それはもう、地震を恐れてではない。

帰れなくなることを、恐れてである。

飲食店に入れば、食事はできる。
弁当屋にゆけば、たいがい普段と変わらぬ様子で、買うことが、できる。

流通の、底力の、賜物である。

無論、各店の努力の賜物であることをまず第一として、というべきだとしてである。

そしてようやく、空になっていた食料品棚にも、数量限定ながらも、品が並びはじめているようである。

買い占めに対する道徳的批判の声に、ようやく冷静に耳を傾けることができるくらいに、気持ちが落ち着いてきたのかもしれない。

それでも、まだ不安がなくなったわけではない。

地震の騒動と、やにわに舞い込みだしたBIMの仕事のマネジング、というのは口幅ったいが、それらでてんてこ舞いになっている。

二崎さんの担当となるBIM物件の打合せで我が社へ向かう道すがら、

「満月って、なんかヤバイんじゃないの」

先日、社内結婚の電撃報告をすましたばかりの二崎さんである。

「やなこと言わんといてくださいよ」

カツカツと靴音を強く鳴らせながら、わたしは二崎さんをひとにらみしてから、月を見上げたのである。

まだ金曜夕方の五時半だというのに、そのときもまた、月は美しかった。

体制もシステムも未整備なのに、はいはいといい顔して根拠もなく仕事を受けている、いや受けなければならない皺寄せが、きている。

経験者がいない。
かろうじてのわたしと大分県のふたりは、出向していて、口しか出せない。

まったく、いい加減にして欲しいよ。ホントに。

二崎さんが、心底、こみあげて溢れだした本音をこぼす。

ホントにゴメンね。
竹くんに言ってもらわないと説得力ないし。
わかってくれないんだよ。

これもまた、本音の、絞りだされた二崎さんの言葉だった。

説得力あるかわからないが、なんとか社長と火田さんらを、真っ向にして、現実を説明し、理解を求める。

親会社の方針だって、進め方だって、まとめ方だって、決まってない。
なのに短期間で、ソフト初心者だけで、従来の二次元と同じ成果品を出すのは。
百パーセント。
無理です。

ゴール地点までの道筋が見えないのを、手探りで、素人が、プロと同じように辿り着かなければならない。

それを聞いたところとて、仕事として、たとえ現実を知らない者同士だとて、受けてしまったのだから、仕方がない。

結論は大体予想通りである。

わたしが先方のところに行って、我が社の体面を損ねないよう、そして何より「BIM」の可能性を決して閉ざさないよう、ご説明して差し上げなければならないのである。

「竹さんの口から、BIMのいいところを聞いたことがないから、心配だなあ」

火田さんが、疑わしげにわたしを見る。

あなたはBIMの何をやった事があって、いいところ、を知っているのですか。
うまく運用が出来ず、どれだけわたしらが苦労してきているか。

それを常にわたしはあなた達、ホイホイBIMの仕事は私どもに、と、やむなし嬉々として言って回っているのを、釘さし続けてたのに。

恋をしたことないひとが、恋は素晴らしい楽しいだけのものだと夢見ているのとは、違う。

夢だけで、仕事は出来上がらないんですよ。

夢を見させるのは大事なことだが、見せる相手と同じ夢だけ見て、実現できるわけではない。

自らの首が締まって、ようやく言葉が届いたようだ。

立場上「出来る」と言うのを真に受けてはならないことくらい、その立場にいる方なのだから、わかってくれるだろう。

compass rose

碇を上げ、帆を張れ。
辿り着ける場所などなくても。
それが道を照らす。


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