三浦しをん著「きみはポラリス」
様々な形をした「恋愛」を集めた十一篇の短編集である。
「格闘するものに○」「まほろ駅前多田便利軒」以来の三浦作品である。 「風が強く吹いている」を先に読みたかったのだが、三省堂で気付くと本作を手にレジに並んでいたのである。
「ポラリス」とは「北極星」のことである。 遠く昔から、道しるべとして旅人を導いてきた。
タイトルと同名の作品は収められておらず、つまりは、恋する相手こそがポラリスである、自分が目指し、また導いてくれる存在だ、ということなのである。
それは一見して他人にはわからない形をしたものであっても、決して姿を見失うことなく天に瞬いているもの、なのである。
例え年齢、性別、信仰、生活環境、それらが違っていても。
十一篇もあれば、様々な形をした「恋愛」がある。 なかでもわたしが最も共感したのが「優雅な生活」である。
ライターの彼と同棲中のOLの彼女が、同僚らの影響で「ロハス」な生活をしはじめる。 玄米ご飯に無農薬野菜にヨガにと、勿論共に暮らしている彼も付き合わされることになる。
やがて彼は「ロハス」な生活に協力的になり、むしろ積極的になってゆく。
はじめ、こんな場面がある。
「妊娠するかもしれない不安を抱えてセックスするのは、あまり気持ちよくはないんだよ」
ゴムを面倒くさがる彼に言うのである。
そしてすっかり「ロハス」に染まった彼がやがて、
「これだけ自然にこだわっているのに、この一部分だけ化学製品があるのはどうかと思うんだが」
とつぶやく。
それとこれとは話が別、という冗談だが、実は彼女は「ロハス」に飽きがきていた。
ロハスはセレブがお金をかけて楽しむことからブームになった。 ただの毎日を生きているだけで、十分生きている。
自分が言い出した手前、止めようなんて言いづらい。 彼はますますロハスにはまってゆく。
彼女はとうとう打ち明けるする。
「あなたと、ちょっとだけでも一緒に何かがやりたかった」
仕事で部屋に籠もり、朝夜不規則、自分は規則正しい仕事で、ふたりの時間が合わない。
だから。このくらいなら、一緒にやってくれると思って。
想像以上にはまってしまっていた彼も、彼女に打ち明けるのであった。
わたしは、おそらく誰かのポラリス(北極星)にはなれないだろう。
見守り、指し示すだけなど、そんな大人な人間ではない。
ただ。
同じ星を見て、共に目指し、共に迷い、共にいることを常に感じ合ってゆきたい。
ただでさえ、自分ひとりですらままならぬ歯痒さを味わうことがあるのである。 甘えなのだろうが、感じられる人影すら見えぬならば、ひとりの方が自分の影だけを向き合って相手にしてゆけるから楽なのである。
楽を求めて暮らしているのだから、代わりに手にできないものが多々あるままなのは仕方がない。
しかし。
しばらく足元の砂に足をとられ、わたしの北極星を見上げる余裕すらなかった日々に、言い訳にしか過ぎないことはわかっている。
ようやくぽつぽつと「日記」に指をかけられるようになってきた。 ページはもはや完全に乾ききり、パリパリと危うげな音を立てている。
砂嵐の夜でも、そこにあるはずの北極星を、いつも目蓋の向こうに。
|