桜が、咲いていた。
上野公園の寒桜は狛犬のように、すでに見事に花開いていたが、ほかはさっぱりだった。
靖国神社も大鳥居のあたりでは、まだまだつぼみが、そういえばぷっくりしていたかもしれない。
その翌日、
「開花宣言」
が出されたのである。
なんだか、悔しい。
やはり鳥居をくぐって中まで観に行ってみれば、三粒ほどのサクラの花が観られたかもしれない。
震災による自粛の風は、上野の桜祭りも取り止めにし、すっかり寂しい上野の山である。
四月を前に、人事の移動が忙しい時期である。
ご多聞分に漏れず、わたしも他人事ではない身分であった。 出向の身だが、ちょうど三月いっぱいでその契約期間が満了となるのである。
我が社から出向してきている同期でもある大分県と、ふたり揃って本社に戻る、いや戻す、と会社は考えていたのである。 現在出向してやっているBIM物件も、あらかたの区切りはついてきている。
その培ったBIMツールの知識と経験を、本社に戻って展開させよう。
いい加減そうせねば、パンクして火を噴いて、火の車になる。
しかし、我々ふたりが抜けると、出向先のBIM作業者がいなくなる。
妥協点で、ひとりだけ残す。 もしくは、ふたりとも期間延長せずに帰して、外注として事務所に発注するようにする。
この二者択一になるだろう。
どうやらふたりとも帰すことになる予定だったらしいのである。
荷物整理やらデータ引継ぎやらを、残り二、三日でやらねばと思っていた矢先。
「竹くん、あともう半年、お願いすることになったから」
担当課長の利休さんが席にやってきて、告げられたのである。
大分県も、ですか。 ううん、竹くんだけ。何々のBIM物件をちょいちょい手伝って欲しいからさ。 ああ、なるほど。
大分県に掛け持ちしている仕事はなかった。 わたしのほうが彼より半年以上こちらに長くいる分、その間にやってきた関連物件が、ちらほらあったりするのである。
我が社からここの他の設計部に出向している者たちは、皆本社に戻ることになったのである。
つまるところ、我が社で出向しているのはわたしだけ、という状況になる。
振り返れば、わたしは正社員だった稲を退職してから以後、ずっとそのときどきの所属会社から出向という立場が繰り返し続いているのである。
なんとも不思議なものである。
桜は接ぎ木をして花を咲かせてゆくが、わたしは咲くことなく次へと接がれ続けているようなものである。
まあ、それもよいだろう。
春はまた来る。 花を連れて。
電車の窓越しに見た桜は、 今年もまた花をさかせる。
過ぎ行くのは景色ではなく、 過ぎ去ろうとしている自分。
螺旋階段は一点を中心にし、ぐるりと大きく回っている。 何周目の、果たして同じ景色なのか、少しでも高みに上っているのか。
季節だけが流れているだけなのではないのか。
同じ桜を見上げ、自問する。 答えは、たぶんわかっている。
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