「隙 間」

2011年04月03日(日) ダリか、シュルレアリズ夢

昨日とはうって変わって、今日は、寒かった。

「三寒四温」

でいう「温」の次に来た「寒」のはじめのような寒さである。

都内の桜は週始めに開花はしたが、昨日の「温」だけではやはり足りず、まだまだ二分〜三分咲きくらいである。

谷中霊園のサクラのトンネルは、まだまだ寒空を向こうに見透かせていた。

はやく見事なサクラの屋根で覆い尽くされた中をくぐり抜けたいものである。

実は先日、上野のチケット屋で、とある買い物をしてあったのである。

「シュルレアリズム展」

六本木は国立新美術館である。

わたしと「シュルレアリズム」、いや「シュール」との出会いには欠かせない人物がいる。

名古屋の真友である。

「なんか、シュールだね」

中学生の時分に、わたしのウィットに富み過ぎたギャグに、名友がそう評したことがあった。

「シュールって、どういう意味?」
「それは、かくがくしかじかで」
「ふーん」

教えてもらったが、ピンとこたなかった。
何度も聞き返すのも失礼だと思い、また同い年の友に、サラリと聞き馴れない言葉を出された嫉妬を隠すため、わかったふりをしていたのである。

大枠での意味はわかったが、具体的にどこでどうその言葉を使えばよいのかまでがわからなかったのである。

やがて月日が経ち、いいおっさんともいうべき年頃になった頃には、安心して「シュール」という言葉を振り回せるようにはなった。

昨年だったか、上野で「サルバトール・ダリ展」が催されたのである。

しかし、いきそびれたのである。

なんせ長蛇の列。
一時間待ちはくだらないほどであった。

そうして見逃した挙げ句に、ダリに限ったものではないが、「シュルレアリズム展」がこの度、建築的にも注目を集めた国立新美術館にて催されることを知ったのである。

東京ミッドタウンが出来たとき、まがりなりにも設計に携わる者として勝手に批評しに行ったときがあった。

その頃には美術館はすでに開館していたのだが、前を通り過ぎるだけだったのである。

「チケットショップなら、安くチケット買えるじゃん」

当たり前のことだがわたしにとっては「目からウロコ」の事実を、以前寺子屋から教えられたのである。

なるほど。
たしかに、格安である。
これなら買っておいて、期間中で行けるときに行く気になる。

わたしの美術に関する知識は、「ゼロ」神の手を持つ男の漫画の流し読み程度の危ういものしかない。

作者の魂に触れる。

ことまではできないが。
そんな気になるくらいはできる。

ううむ。
シュールだ。

と、腕組み渋い顔をしてあごをさする真似をしてみせて回る。

しかし内心は、

昼飯に食った平田牧場のカツは美味かった。
しかし上野の「かつ仙」のコストパフォーマンスが、普段のわたし向けかもしれない。

と、ジレンマに揺れていたりもしていたのである。

この姿こそが、本当の「シュルレアリズム展」の密かな目玉である。

ダリの作品は数少なく、針金ヒゲがピンとした姿もほとんど見られなかったのである。

「マルグリットも、なかなかいいね」
「それはミュージカルでしょう。これはマグリット」
「ああ、そうだった」

冷静にわたしの間違いを訂正する寺子屋と、絵画のプレートを見比べ、素直にうなずく。

これもまたシュールである。

昼飯を食ったミッドタウンで、加賀屋という名だったか、加賀の物産をちょいと売っている店の前を通ったのである。

パチリ、と店のご婦人と目が合ってしまったのである。

「よろしければ、ご試飲くださいな」

と、と、と。

と、プラッチックのカップに、春期間限定云々の酒を、注ぎだしたのである。

あ、いやいやいや。

わたしは、下戸である。
しかし酒の類いでは、日本酒だけ、アルコールは別として味に抵抗がない。

差し出され、つい受け取ってしまったカップを突き返すわけにもゆかない。

受け取っちゃったよこのひと、とわたしの挙動を見ていた寺子屋は、すでにご婦人から自分の分を手渡されていた。

わたしは自分で処理せざるを得なくなっていたのである。

香りは、いい。

「フルーティで飲みやすいですから」

にこにこと、満開の笑みでご婦人がわたしの感想をまっている。

いい香りですねぇ、えい、くいっ、ほっ、ほほお。

「フルーティ」といわれて、酒の知識に乏しいわたしは、白ワイン的な酸味苦味を想像していたのである。

違う。
くいと、飲めてしまう。

しかし、ひと口と一杯と一本とでは、話が別である。
サクラ色の顔で昼間人前をうろつくのは、なかなか恥ずかしいものである。

味なら日本酒は大丈夫そうだが、アルコールとなればそれは逆である。
それもまた、難しいところである。

夜に寄った上野の桜は、照らされていないせいか、まだ寂しげであった。

雲に三日月が隠されているせいもあるかもしれない。
月と共に満ちてくれることを、祈ろう。

桜の下では、ダリがダリだかわからない。


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