ほぼひと月振りの大森である。
七時に会社を出たが、既に電池は切れかけている。 眼球がひりつき、隙あらば閉じてやろうとしている。
「竹さーん」
田丸さんがわたしを呼んだ。 ぼおっとしている場合ではない。 「はいっ」と、返事する。
「イ氏が電話しちゃって、ビックリしませんでしたか?」
しましたしました。
でも、めちゃくちゃ心配してたんですよ? いつも木曜の閉院時間前になると、竹さんはこないのかな、て言ってるし。 前回ひどいこと言っちゃったしなぁ、だからこないのかなぁ。 とか。
田丸さんがクスクスと笑いながら話す。
「いや、電話して呼び出してしまって、申し訳ありませんでした」
イ氏が開口一番、頭を下げたのである。
いやいやいや。 こちらこそ、ご心配いただいて、ありがとうございました。
そんな奇妙な挨拶から、大森の夜ははじまったのである。
不死鳥さんのご親戚が銚子で被災し、気を病みひとりで暮らせなくなってしまったらしい。
不死鳥さんはしばらくその方のお世話をするためにお休みしているとのことだった。
銚子の向かいにある、茨城県旧波崎町。
わたしがとてもお世話になった町である。
皆さんお元気だろうか。
話したこともないのに、降りるバス停でうたた寝していたわたしを起こして降ろしてくれたバスの運転手さん。
「これもやるっぺよ。遠慮してないで、どんどん食いなさいよ」と、会議前の昼食で出前の自分の天丼の海老を、一匹まるごと、わたしの一番安かった親子丼に乗っけてくれたセンター長さん。
竹さん、うちの子どもたちの小学校でこんな遊びが流行ってて、今度のイベントに使えないかな? と、まちづくりイベントのアイデアを次々出してくれたりしたKばたさん。
なんだ酒飲めねえってか。じゃあ、これ一本抱えてけや。 と、お酒で真っ赤になった顔をくしゃくしゃにして笑いながら、わたしに烏龍茶のペットボトルを抱かせてくれた、Sださん。
漁師町の古くからの、豪快で少し乱暴で、素直に感情をぶっつけてきて。
わたしのへんちくりんな会話のイントネーションは、この町にいる方々から、染み付かせてもらったもので。
もう十年も前のことである。
「あ、もういいから大丈夫だよ」
膝に両手を乗せ、キュッとかしこまって椅子に腰掛けていた田丸さんにイ氏がひと声掛け、また楽しげに話を再開する。
江戸時代の戯作や、源氏物語や、古文の作品は云々。
ふう、と話し尽くしたようにひと息つくと、さて、と。
「じゃあ、また再来週ね」
すっきりした顔で、わたしを送り出す。
しばしのすっきりしたひとときを送り、また普通のわたしとして社会に帰ってゆくのである。
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