「隙 間」

2011年04月23日(土) 放るもんはまだまだあるが、ハツレバ刺しミノ、シビレる土曜

休日出勤で通用口から入り、いつも通りエレベーターで二十階に向かおうとしたのである。

エレベーターがなんと点検作業中だったのである。
上がれない。

セキュリティで各階の出入りを制限をかけてあるので、わたしは二十階に対してしか出入りができないのである。

つまり途中階、乗り換え階へも、行けないのである。

震災の晩以来、歩いて階段、を選んだのである。
当時は帰るために下りるだけだった。
上ったのは、初めてである。

景色は当然変わらない密室の二十階分の階段は、多分に過酷だった。

わたし以外は、誰も出てきていなかった。
ひとりで気兼ねなくできるが、夜何時まででもやるわけにはゆかなかったのである。

ぶちまけてしまった後の寺子屋と会うことになっていたのである。

先の件について、やはり顔を合わせなければならない。

わたしは謝り方が下手くそでなのである。
できればなかったことのようにして、さらりと何食わぬ顔で済ませたいくらいであったが、そういう訳にはゆかない。

わたしはこの気まずさを紛らわすために、場所に「ホルモン」屋を選んだのである。

ホルモンを焼きつつ炭火を挟んで差向えば、大概のことは煙に巻いてしまえるような気がする。

普段らしく気にしてない風も装える。

「亀戸ホルモン」で修行したという店長が湯島に開店させた店「丸超ホルモン」である。
なるほど、まったく緊張感を与えない。

そして、店長はじめ店員の皆さんもまた、とても明朗快活。

網が焦げてきた頃合いや、タレから塩を焼こうと思う頃合いに、言わずともサッと現れ交換してくれる。

互いに仕事帰りということもあり、時間を遅らせてもらっても、構いませんよどうぞどうぞ、と。

あたたかく、とても居心地がよい店であった。

「お姉さんがいる弟だよね」

焼き頃になったハツをわたしの皿に分け、空いた網にシビレを乗せながら、言ったのである。

何かあって、とりあえず謝っておくところとか。
とりあえずじゃあない。大したことじゃないなら条件反射で考えずに謝るが、真面目なことや、重大なことのときは、むしろ謝れない男だ。

どうだ、と胸を張る。
見事にわたしは言い切った。
清々しさすら、漂っていたはずである。

しかし残念なことに、その清々しさより肉を焼く香ばしい煙の方が勝っていたらしく、あたりはすっかりコテコテの

かき消されてしまったようである。

それはダメでしょ。そういうのって、長男に多いみたいだけど。
弟とはいえ一応、わたしは長男だ。

言ってからおもむろに箸を網に伸ばす。
ジウジウと誘惑してくるシビレを我慢できなかったのである。

だからそうじゃなくて、と寺子屋も自分の皿に取り、パクリと口に入れたときであった。

「ああっ」

わたしの驚天動地の叫びがあがる。

なにっ、なにごとっ?
……塩なのに、タレの皿にどっぷりとつけてしまった。

小皿でタレ色に染まったシビレに、わたしは固まっていた。

……ひとがそんなに驚いた顔、初めて見たけど。いいからそんな大げさな。まだあるんだから焼けばいいでしょ。

ひょいひょいと新しいシビレを冷静に網の上に置いてゆく。

ジウジウと網で身をくねらせてゆくシビレを見て、わたしはようやく我を取り戻したのである。

予想外の手落ちで話の腰を折ってしまった。
既にすっかり別の話になっている。

別の話になったのなら、それをあえて元に戻すまでの必要はない、ということなのだろう。

「またのお越しを、お待ちしてます!」

爽やか晴れやかな笑顔の店長らに見送られ、雨が道を濡らす不忍通りに出て、日曜もお互いに仕事せねばならないことを慰め合う。

いつ休めるんだろう。
いつかきっと。

あてのない寺子屋のつぶやきに、わたしが無責任かつこころもとない言葉で答えると、いつかね、とため息を傘の下にこもらせた。

雨は小降りのまま、つかの間傘を叩いていた。

それじゃ、明日も頑張ろう、と。

そうやって今日を昨日にして、明日を今日にしてゆくしか、今はないのである。

No day but today.


 < 過去  INDEX  未来 >


竹 [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加