「隙 間」

2011年04月25日(月) 阿佐田、哲也だ。

一昨日の時点で、手詰まりだった。

とっとと連絡して、ネをあげておけばよかった。

本社の内職的仕事が、なぜ今、わたしをここまで追い詰めているのだろうか。

金曜の夕、大分県が本社からわたしの席にやってきて、しまりのない顔でエヘラエヘラ手揉み足揉み話しかけてきた。

「竹さん、頼んでたやつの残り一個なんだけど」

突然だが、わたしはイチゴのショートケーキは、イチゴをはじめのうちに食べてしまう。

しかし、頼まれごとの仕事であれば、厄介そうなのを先に片付け、後で地獄に閻魔様とならないようにする。

先週末で、残りはひとつ、手間の掛からないものだけにしていたのである。

「明日出社して片付ける。大丈夫、簡単なのしか残してないから」

椅子の背もたれ越しに振り返ると、大分県はまったく聞いてないふりをして、話を続けようとする。

「新しいの、データ入れといたから」
「いや、だからとっくにもらってあるだろう」
「だから新しいの」

もらったデータが間違えてたのか、いや違うらしい。
もらったはずのデータが、無くなっていたのである。
その代わり、見たことがない名前のデータ、フォルダが、鎮座している。

カイジならば、

「やめとけ! 見れば後戻りはできない。そう、蟻地獄。罠とわかって飛び込むのは、愚か者だっ!
虎穴に入らずんばなどとほざくのは、単なる慰め、言い訳、現実逃避。
賢者は、罠になど近づかないっ!」

ざわざわざわ……。

やめろっ!
わからないのかっ!
勝ち負け自体、妄想。
戦うことなく生きる者こそが、真の勝者。
勝ち負けを意識し、支配された時点で、お前はすでに敗者の仲間に入ってるんだ!

「もうね。兄さんにしかできないんすよ。他の誰にも出来ない、絶対に」

事実と現実を混同するな。
出来るヤツがいないのは、事実。
しかし!
現実は違う!
お前は誤魔化されようとしているのに気付かないのか?
すり替え、詐欺、巧妙な口上。
責任の転嫁!

「本当に、参ってるんすよ」

知るか、そんなこと!
今さらになって参るのは、自己責任。

「BIMが一番使えるのは、竹さんだけなんですから。しかもこんなの、僕にも他の誰にも出来そうにないっすから。
本当に、お願いします!」

情にほだされるな!
おだてにのせられるな!
ほだされ、のせられてる時点で、ワナだ!

先週手分けされた中に、これが入ってなかった時点で、油断していた。
楽観視していた。

その結果がこれだっ……!

広いオフィスに、たったひとり。
内職だから、仕方ない。

がしかし、である。

調子に乗せられて引き受けた手前、誰にも助けは求められない。

警備員が巡回にやってきていた。

「退出予定時間とサインをお願いします」

時計は深夜十一時を回っていたのである。

出掛けにスーツを着なかったのは、泊まらない意思があったからである。

しかし終電はもうなくなる。

二時か三時か。

「何時でも、徹夜でもいいですよ。目安ですから」

徹夜は、イヤだ。
じゃあと二時と書き込む。

周りは誰もいない。
自然とつぶやきが増え、声も大きくなる。

お前がそこまでやらなきゃならない義務はないはずだ。
やめちまえ、こんなこと。
お前は充分よくやった。
あとは、本来やるべきだったヤツらが、やるべきだ。

ざわざわざわ。

日曜の深夜。
いや既に月曜。

平日のはじまりの朝を、憂うつながらも迎えるために人々が眠り休息をとっているはずのこの時間。

「だめだだめだだめだ」

そんな無責任、許されない。
そもそもの責任はなんであれ、今は関係ない。

逃げない。逃げられない。逃げてはいけない。

「よしっ」

誰もいない静まり返ったフロアに、わたしの雄叫びが響き渡る。

やることはやった。
あとはヤツがこのデータを他のと一緒にするだけだ。

時計を見る。
二時などとっくに過去。
ああ、無情。

平日に私服で勤務など許されない。
着替えに帰らなければ。

そうして、タクシー。
背に腹はかえられぬ。
たった三十分の道のり。

車中でこれを打ちながら、ぼうっと切れかけるのを踏みとどまる。
帰っても仮眠程度の時間しかない。
遅刻はできないので、寝るか起き続けるかが難しいのである。

結果、強制的に仮眠となってしまったが、遅刻はせずにすんだ。

しかし始終が、頭の芯に固いものが納まっている感覚。
どこか現実味が、損なわれている。

本当に土日があったのか。

こうしてここに書いてあるのだから、確かにあったはずである。

このしわ寄せがどこまで出てくるのかわからないが、内職でしわ寄った本来の仕事は、取り返さなければならない。

自分だけに寄るしわならばまだよいが、ひとに寄らせては申し訳ない。

このくらい、誰もがやっていること。
かつてのわたしも、一年近く毎日やり続けていたこと。
そして今も、近くで頑張っているひとがいる。

勝つことを、出来も求めようもしないが、それを忘れずに、わかっていられるように。

わかるだけに、文句も解決も口にできないのだけが、歯痒い。


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