「隙 間」

2011年05月09日(月) 銚子慕情 その二

銚子の朝は早い。
そしてわたしも朝八時に荷物をまとめてホテルを出た。

今日が最終日。
夕方の「しおさい」で東京に帰らねばならないのである。

銚子駅構内に荷物を預け、向かうは「犬吠埼」である。

銚子電鉄の一日乗車券を買うと、銚電名物「濡れせんべい」一枚プレゼント券が付いている。

犬吠駅の売店で交換してくれるのである。
犬吠駅といえば、もうひとつの名物「佃煮」があり、土日祝日のみ駅構内に店が出るという。

今日は日曜。
よし、佃煮が買える。

駅に着いたのがまだ早かったらしく佃煮屋の姿はない。
ならばと売店で交換券を濡れせんと交換して「地球が丸く見える丘展示館」へと向かうことにした。

濡れせんはペロリと平らげ、徒歩十五分くらいで到着。
開館して間もない時間で観光客の姿はなかった。

貸切状態である。

あまつさえ、清掃の片付けや三階の喫茶フロアは開店準備の真っ最中だったりしている。

つついと屋上の展望台へと上がって行き、全周囲景色を独占である。
しかしそう長くはもたないものである。

中央に段があり、そこでパンツ一丁になって踊ったらさぞ爽快だろう、などと妄想で企ててみる。

空しさだけでいっぱいである。

実行は不可とした。

少し早いが、もう次へ向かおうと喫茶フロアに下りる。
すると階段の脇に机を出して何やら店の準備をしている下りるおやじさんがいたのである。

コンロで丹念に網を焼いていた。

「ひとり旅かい」

おやじさんではなくわたしの背後から、話しかけられたのである。
清掃係のばあちゃんであった。

「ええ、ぶらりとひとりで」
「ひとりはいいねぇ」

おやじさんが話に乗っかってきた。

「結婚は人生の墓場である、ってな」
「なぁにが墓場だよ。女だって、じっと、我慢だよ忍耐だよ」

ったく、とばあちゃんが舌打ちしてみせる。
まあまあ、とわたしは腕組み足を止め、すっかり話し込む体勢をとっていた。

「だけど、一緒に共感とか、共有とかできる連れがいいですよねぇ」

なぁにをあまいことをと、ばあちゃんがピシャリと答える。

「はじめだけだよはじめだけ」

そうそう、とおやじさんも強くうなずいている。

「急ぐのかい」

ばあちゃんがわたしに聞いたので、急ぐ宛てなんかないですよ、と笑って答える。

「じゃあ、もうちょっと待ってなよ」

とおやじさんを見る。

「十分くらいは大丈夫かい」
「十五分でも二十分でも大丈夫です」
「せんべい焼いてやるから、待ってな」

なんと。
ばあちゃんは「じゃあね」と階段を下りて行く。
おやじさんとさらに、話し込む。

もちろん、おやじさんの店の準備を邪魔することなく、おやじさんもわたしにお構い無しにチャキチャキと準備を整えてゆく。

それでも話はずっと華咲いたままで、である。

波崎町の話や、鹿島や犬吠埼界隈の地震被害の話や、とりとめなく尽きない。

「はいよ」

ほい、ほい、と焼き立ての濡れせんをわたしに差し出したのである。

なんと。

「二枚もっ」

おうよお待たせ、とアツアツしっとりをパリパリの海苔で巻いたやつである。

「そんな申し訳ないです」

といいつつ、しっかりと二枚を両手に持つ。

本来この濡れせんは、「売り物」である。

これは何か恩を返さなければならない。

おやじさんと話してる最中、ぞろぞろと観光客たちが展望台へと上がって行くのを、見ていたのである。

まだ彼らは下りてきてない。

「もう一度、上へ行ってきます」

長居長話に付き合っていただいて、ありがとうございました、とお礼をいう。

いやいや早く行ってきな、と次の濡れせんを仕込みながらおやじさんは片手をあげる。

さあ、熱く香りが漂ってるうちに。

すわと展望台へと急ぐ。
しめしめ、皆中央の段に上がって景色をぐるりと見て楽しんでいる最中だ。

わたしはゆっくりと、せんべいをくわえる。

パリパリ、ザクッ……。
クッ、シャクシャク……。
……パリパリ。

軽快に裂ける海苔の音。
絶妙にかたやわらかいせんべいの咀嚼されてゆく音。

景色と名産をすっかり堪能し、これ以上なく「しあわせ」を噛み締め、笑みがこぼれる。

二枚をゆっくり、ぐるうりと皆が景色にばかり気をとられている周りを回りながら、味わい尽くす。

彼女を撮ろうとカメラをのぞく彼が、おや、と顔をあげたり。

男の子が上目遣いでわたしを見てお母さんの手にぶら下がりにいったり。

わたしは最後に、ペロリと指先の醤油を舐めてから、おやじさんの元へ下りて行く。

観光客がおやじさんの前で買うかどうするか迷っている。

彼らの背中越しに、

「ホント、旨かったです。ご馳走さまでしたっ」

んもう、と武田鉄矢のような顔で礼をいう。

「あいよっ。あんがとさん」

笑顔でおやじさんも返してくる。

はいはい、濡れせんの焼き立てだよ、美味しいよぉっ。

あらそうなの、いただこうかしら、と両足を揃えて本気で買うか思案をはじめたようであった。

後から上にいた人らも下りてきはじめ、誰かの足が止まっていれば、それは気になるものである。

少しは返せただろうか。
ただの自己満足に過ぎないかもしれない。

しかし、旨かったのは確かである。

「地球が丸く見える」だけではない。
ここらの人らもまた、まあるくやさしい。

さあ次は、と時計を見てみる。

一時間半ほども、ここにいたらしい。
景色を堪能したのは、十分がいいところ……つまり、あとの一時間強を、ずっとおやじさんと話していたことになる。

今からだと、朝食と昼食を分けてとるのはつらいので予定を変える。

店の開店時間と場所を確かめようと携帯電話を広げたが、圏外の文字が控え目に出たり消えたりしていた。

案の定、ページに繋がらない。
ガイドマップと、手帳に書き込んだ諸情報、それだけが頼りである。

店は決めた。
昨日ポートタワーで、観光協会の女子から思出話に聞いた店である。

彼女の同級生のおうちらしい「シュクラン」

デミグラスソースの「ロシアン・ロール」というフライが旨いらしい。

犬吠駅に戻って銚電に乗りひと駅の外川駅の駅前。

しかし、ひと駅ならば徒歩でもゆけそうに、ガイドマップの道は書いてある。
電車で三分なら、歩いて十分くらいである。

丘の上からなので、下る足取りは早い。

「シュクラン」に着くのは、もうシュクラン。

こんな発言さえも辺りをはばからない舌好調である。

いざゆかん!

と、銚子電鉄外川駅にある「シュクラン」を目指して歩くこと十分。

踏切が見えた。
その踏切の向こうに見えるのが「シュクラン」のはずなのだが。

わたしは敢えて前を通りすぎてみた。
すぐに引き返してもう一度。
そして入口に立って見る。

開いていない。

開店時間になっているはずなのに、である。
調べようにも電話してみようにも、携帯電話は圏外とアンテナ三本がついたり消えたりで繋がらない。

なんということだろう。
仕方がないので別の店へと向かう。

外川の町は海へ向かう坂の町である。
波崎町もそうだが、漁師の町というのは短冊状に街路が構成されている。

短冊の丘側に網元が住み、その漁師らが海側にと、ひとまとまりで暮らしていた名残である。

外川は坂だから行きはよいよい、帰りはつらい、である。
しかし坂を下り港へ出なければ店に着かない。

広い町ではないので、さほど苦でもない。

とっとっとっ、とくだって行き目当ての「いたこ丸」に着く。

まあ有名な店なので行列かと心配したが、震災の風評被害だろうかすんなり入れたのである。

お勧めはだいたい金目鯛だったりするが、昨日の「久六」の女将さんの話を聞くに、入手が難しいらしい。

案の定、「いたこ丸」のメニューボードにも金目の名が見当たらない。

仕方がないので別の煮魚定食を頼んだが……。

うまい。
満足だった。

店を出ると、ぐるり外川の町を回ってから銚電で犬吠へ。

改札前に、佃煮屋が、店を広げていたのである。

「お味見どうぞ」

お母さんが試食用のイワシとさんま二つのパックを開けて、わたしに微笑む。

「待ってました」
「そうなんですかぁ」

お、旨い。

と、ほころびてしまう。
甘味、脂味、辛味、どれもやさしく次から次へと手を伸ばしたくなる。

さすがに、こらえた。

物欲しそうな顔を品をもの定めするように見せて、両腕は延びないようしっかり腕組みで。

「そのままでも美味しいですけどね?」

煮大根と一緒にしたり、という簡単なアレンジ話から、刺身のアレンジ話にまで広がってゆく。

刺身は日保ちしないから、余ると困る。
漬けちゃうといいですよ。
アレンジするなら、オリーブ油とお酢と絡めてサラダに混ぜたり。
醤油とマヨネーズや。
片栗粉まぶして焼いたりすればお弁当のおかずにしても匂いは出ないし。

主婦の食材の知恵をご教授いただいていると、小一時間が過ぎてしまっていた。

「すみません、長話してしまって。行くとこがあるでしょう」

いやそんな急ぐ旅じゃありませんから、それに色んな役立つ話をさせてもらって楽しかったです、とお母さんに送り出してもらう。

目指すはついに、犬吠埼灯台。
わたしにとって未踏の地である。

灯台が照らすその先は、いったいどこなのだろうか。


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