「隙 間」

2011年05月10日(火) 銚子慕情 その三

最終目的地でもある「犬吠埼灯台」

灯台では今日(八日)海上保安庁による特別展示会が催されていたのである。

鯉のぼりが灯台のまわりを賑やかにたなびいている。
その足元で、保安庁の制服を着て記念写真を撮れたりとか、グッズが購入できたりとか、チャリティコンサートが開かれたりしている。

灯台内部の螺旋階段およそ百段を登りきり、頂部で案内と安全を見守る海上保安官の方と、太平洋を望みながら、またまた長きに渡っての歓談である。

「外川のマリーナなんて、被害がかなりひどかったみたいで」

漁協の掲示板に「風力発電機試験機設置工事により封鎖中」とありましたけど、てっきりその工事のせいだけだと思ってました。

いやその、もうちょっと先なんですよ。

犬吠埼からそっちは津波を避けられたのかと。

いやいや、と小さく首を振る。

そう言えばずいぶん、風力発電のプロペラが建ち並んでますね。

十年前にはまだまだ試験段階の、導入するかどうかという状況だったと思う。

「原発の騒動もある分し、まだまだ増えるんでしょうか」

本当に、青森の龍飛崎にも劣らないくらい、漫画やアニメのように、プロペラが林立しているのである。

「あれもまだまだ課題があるらしいですからねぇ」

制帽の下の髪をひと掻きしてかぶり直す。

わたしも少しは聞きかじっていた。
まずはエネルギー変換率の問題。そして、耳に聴こえないプロペラの回転音が人体に影響を及ぼさないかどうか。さらに地面を伝わる微振動も。

「まだまだ補助電力なんですかねぇ」

クルクル回るプロペラを並んで見ながら、わたしは聞いてみた。

まあ、なんとかなるといいんでしょうけどね、と制帽のつばをちょいと撫でて、答えてくれた。

空はすっかり晴れ渡り、海との境目が、遠くに続いている。

灯台頂部からの眺めを味わい、時折周りをたなびいている鯉のぼりらを見下ろしながら過ごす。

小一時間も話した保安庁の方は、ぼちぼち上がってくる観光客と取り立てて話をするでもなく、静かに安全を見守っているようである。

わたしだけ、ずいぶんまた申し訳ないことをしてしまったかと頭を掻き、いい加減、降り口へと向かう。

「足元、気を付けてくださいね」

小扉をくぐって少しの明るさの違いに目をしばたいていたわたしに、わざわざ声を掛けに顔を出してくれていた。

大丈夫です、すいませんでした、ありがとうございました。
いえいえ、お気をつけて。

逆光でまぶしかったが、その方はにこりとやわらく敬礼してくれた。

たしかに螺旋階段から上の、最頂部はタラップのように急になっている。

カン、カン、カン。

なるべく小気味良い音を響かせながら、降りてみた。

It's a spiral stairway.

ほんのわずかでいい。
高いところへ。

遠くを見つめ、また見下ろすよりも、高きを、その先にある空を見上げる方がわたしは落ち着くように思える。

下ってゆく階段から出たわたしは、一枚の割引券を取り出していた。

「久六」の女将さんから「どうぞこれも持っていってください」といただいた「犬吠温泉日帰り入浴割引券」である。

後で気付いたが、そこかしこで無料で配られているものだったのである。
しかし、わざわざ「どうぞ」といただいた時に、これは是非浸かりにゆきたい、と思ったのである。

文人に温泉は付き物である。

帰りの「しおさい」までにはまだ時間がある。

露天風呂。

である。

と、ぷん……。

昼間から温泉につかる客も少なく、わたしは耳まで浸かり、見上げる。

浸からぬように畳んで額に乗せたタオルが、まぶたにじんわりと温もりをしたたらす。

青空を時折横切ってゆく銀の機影を、いくつ見送っただろう。

わたし以外の入浴客が入れ替わった頃、わたしも電車の時間を思いだし、ようやく脱衣場へ上がる。

What you own?
...I quiet!

曇りのない鏡の中で、Markが顔を上げる。

風呂上がりの瓶牛乳は残念ながらなかったが、扇風機の前に仁王立ち、全身で風を浴びる。

人影がなかったので、扇風機の向きを固定、両手は腰に、全身解放である。

しばしの「裸の王様」である。

さあ、後は銚電で銚子に向かい、帰るだけである。

「おい、ラケット忘れてるって!」
「誰のだよ!」

扉が閉まった直後、ドヤドヤと乗り込んできた部活帰りらしいジャージ姿の中学生らが、ホームを指差していた。

誰だよ、誰だよ、と騒ぐだけで、やがて電車は走り出すだけ、の時であった。

「プシュウ〜……ガラッ」

扉が開き、開いたのを見てしばらくしてから、ひとりがそれを取りにかけ降りる。

単線電車で、車掌がすぐそこにいるとはいえ、これは、じんわりきた。

田舎の電車は一時間に一本。
だから、乗り遅れそうになっても、手を振って気付いてくれれば待ってくれたりする。

他の駅でも、観光客に電車の時刻表と道のりを比べて聞かせ、「何分くらいしかいられませんよ」と教えてくれる。
それは車内で切符を切るか切らないかの発車前であったりする。

他の乗客だっているのだから、というのはさておき、やはりあたたかい。

「やっべ、俺、切符ないかも!」
「どこやったんだよ、探せよ」

背中に見たことがある地名の書かれたジャージを、わさわさと広げたりポケットをひっくり返したりのひと騒ぎである。

都内の電車内だったらきっと顔をしかめていただろう騒がしさも、今のわたしには微笑ましく思えた。

そんなもの、である。

銚子で「しおさい」に乗り換え、さあ帰ろう、と携帯を取り出す。

相変わらず、圏外とアンテナ三本がついたり消えたりしていた。

この時にわたしはまだ気付いてなかったのである。

電波状態云々などではなく、初日の波崎で既に壊れてしまっていたのであった。

どうやら雨が内部に染み入って、部品が腐食してしまったらしい、とのことである。

結局、翌月曜日に、機種交換することにしたのである。

気分一新。

一新したはいいが、今回の旅の報告だけで、四度、新しい携帯の操作に慣れず途中で本文が消えてしまい、書き直しているのである。

保存する前にプツリと閉じてしまったり。
寝てる間に、やはりブツリと消えてしまったりと、すっかりもてあそばれてしまっていたのである。

「銚子慕情」とはつけたものの、一泊二日のお喋り旅となってしまった。

しかしそこで見たもの聞いたもの話したものは、抱え込んだままにしておけない。

買い込んだ「濡れせんべい」と「さばカレー」も同じく。


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